沈黙の時間が流れる。その沈黙を、兄さんが思いがけない言葉で破った。
「たった一つだけ方法があるが、それはお前が見付けなければならない。その方法は、あらゆる責任と苦しみをお前に強いる上に、それを最終的に決断するのは、ルナ自身だからだ」
「え?」
話が見えない。責任と苦しみを伴う方法が唯一であり、それを私が決断しなければならない?
抽象的過ぎて解らない。
「皆に会って来るんだ。そうすれば見えてくる」
私は首を傾げながらも兄さんに背を向けて歩き出した。
クリスタルの平原が緑の芝生に取って代わり、至る所に木々が生い茂っている。此処は恐らく『天魂体』だろう。
特徴は……人が多い。記憶も感情も無い人々の群れ。しかし、皆微笑んで楽しそうだ。そんな人々がゆったりと歩き回り、時には座り、空を眺め、眠っている。純潔な魂、それを具現している人々。私達の魂は、如何に生きている間に様々なものに染められているのだろう。
「よう、何をボサッとしてるんだ?」
思いっ切り肩を叩かれる、痛い。だがこんな力で叩く者は一人しかいない。
「セルファス!」
「覚えていてくれて光栄だぜ」
ニッと歯を剥き出しにして笑う。彼も記憶を失わずに此処まで来たのだろう。
「馬鹿、あんな死に方をして。ジュディアとウィッシュがどれだけ悲しんだと思ってる!?」
「済まん。が、お前もだろ?」
「……あぁ、そうだな」
私達が騒がしくしているのを聞きつけて、見覚えのある二人が走り寄って来た。
「ルナリート君!」
「ノレッジ、レンダー!」
私達は皆でハイタッチを交わす。全員死んでいるのに、この和気藹々とした雰囲気が滑稽で笑いが込み上げた。
束の間、再開の喜びに浸っていたが、私は本題を切り出した。
「皆、守れなくて済まない。私が不甲斐無いばかりに」
「お前の所為じゃねーよ。全てが終わった訳じゃない。大事なのはこれからだろ?」
即座の返答、セルファスは心強い頼れる男だ。
「そうですよ、これからの事は今から考えましょう」
「私も微力ながら、お助けします」
絶妙のコンビネーション、この二人は良く息が合っている。
長い討議の末導き出された結論は、「全ての神と獄王、そして魂界にいる魂の『エネルギー全て』を一つに集約すれば、存在シェ・ファを倒す事が出来るのではないか」というものだった。さっきのハルメスさんとの話の相違点は、全員が転生するのでは無く、エネルギーのみを集約するという点のみだ。
だが、これも不可能だろう。全エネルギーを集約すれば、魂界の維持は不可能だ。更に、そのエネルギーを受けてシェ・ファと戦える『器』、つまり神か獄王は存在しない。神と獄王の『肉体』では、そんな強大な力を支え切れない。
この結論は、実践は難しそうだが参考にはなった。
私は三人に礼を言い、次なる目的地へ向かう。
緑の芝生が消え、今度は闇の海が現れる。不思議と、この海の上は歩く事が出来た。
此処は間違い無く『獄魂体』だろう。フィアレスと先代獄王に会う為に私は此処に居る。
広大な暗黒の海原で、他に比べて圧倒的な漆黒に包まれている箇所がある。其処が彼等の居場所だろう。
「フィアレス!」
私は何も見えない漆黒に向かって叫ぶ。すると、黒のカーテンが開かれるように漆黒が裂けて、中からフィアレスと先代獄王が現れた。
「遅かったじゃないか」
彼は剣を私の眉間に突き付ける。私はその切っ先を指二本で掴み、脇へ弾く。
「大層な挨拶だな。今更啀み合っても仕方無いだろう」
「僕は、ずっとここで剣を振っていた。あいつを倒せなかったのが悔しくて、少しでもあいつに近づきたくてね。ルナリート、君は少しでも努力をしたのか」
私は一瞬言葉に詰まった。私は、ついさっき此処に来たばかりで情報収集しかしていない。
「フィアレス、落ち着くのだ。彼がさっき来たばかりなのは知っているだろう」
久々に見る獄王。私が獄界で会った時よりだいぶやつれている。それにしても改めて見ると、二人はそっくりだ。
「私は情報収集をしていました。シェ・ファを倒す為に」
「ははっ、まだ解らないの。たった一つの方法が?」
いちいち癪に障る言い方だ。だが、それを気にしていたら話は進展しない。
「魂界自体のエネルギー、魂界にいる魂のエネルギーを一つに集約して存在シェ・ファにぶつける事だ。それを実行する為には、現世でそのエネルギーを支える器が必要となる。だが、私にはその器に成り得る人物が思い浮かばない」
一瞬、フィアレスの目が大きく開かれる。この仮説が彼の考えと一致しているという何よりの証明だ。だが、この仮説は実行出来ない。魂界と魂を犠牲にする上に、器も無いからだ。
「器はお前だ、ルナリート・ジ・エファロードよ」
何、どういう事だ?
今度は私が驚いて獄王の顔を覗き込む。
「僕は剣になる。器の君が振るう、最強の剣に」
二人とも何を言っている!?