「はいっ!」
私は父が指し示す方に全力で走った。すぐ傍に会いたかった兄がいるのだ!
空から降り注ぐ光、その光に負けないぐらい輝く光柱。此処から目算で2km先。あの光が兄さんだ。直感がそう告げている。
遠い、たかが2kmなのに感じる距離はそれを遥かに凌駕する。
「ルナっ!」
胸に響く声、何度も記憶で反芻した声。私はその声が聴こえた瞬間、涙が止まらなくなった。涙で何も見えず、声も出ずにいた所、不意に暖かい感触に包まれる。この抱き締められる感触、目を開けて確かめる必要も無い。
「泣くなよ、俺まで泣けてくるだろ?」
「はい、ごめんなさい。余りにも嬉しくて」
私達は暫くそのままで、涙が止まり言葉を発せるようになるまで待った。
「元気そうだな、って言いたい所だが、お互い既に死んでいるからな」
兄さんが笑う。この人が言うと、重い話題でも軽く聞こえる。まだまだ私は敵わない。
「そうですね、でも兄さんに再会出来て本当に良かった。話したい事が山程あって」
私は兄さんの手をギュッと握り締める。溢れる記憶と言葉達、今にも喋り出そうとする私を兄さんは制止した。怪訝な顔で兄さんの目を見ると、その視線は私の横に送られていた。
「紹介するよ、ティファニィだ」
私は兄さんの手を離し赤面した。隣にいたのに全然気付かなかったからだ。
「初めまして、ハルメスからいつも話は聞いています。いいえ、彼が生きていた頃、私は彼の魂と同化していたから貴方の事は良く知っているわ。生真面目で、責任感が強い所が兄弟そっくり」
クスクスと可笑しそうに笑う。だが、全く嫌な感じはしない。寧ろ、周りの人々の心を優しく撫でるかのような、温和な笑い。
「こちらこそ初めまして、ルナリートです。兄さんにも、貴方にもお世話になっています」
「そんなに硬くならないで。気楽に行かなきゃダメよ」
この女性が兄さんの妻なら納得出来る。二人とも器が大きい。
「二人はよく似ていますね」
私が思わずそう漏らすと、二人は顔を見合わせて笑った。
「ははは、よく言われた」
「そうね、最初は余り似てなかったけど、一緒にいる時間が長いとやっぱり似てしまうものなのよ」
私達は時間を忘れて、生前の話をした。
そして、話題が自然と真剣なものになる。
「あの時は勝手な事をして悪かったな」
「あの時とは?」
「俺が獄界への道を閉ざす為に死んだ時だ」
全員が沈黙に包まれる。あの時、大切な者を三人同時に失った。父さん、兄さん、リバレス。
「気にしないで下さい。兄さんのお陰で平和を築く事が出来たんです」
「あぁ、済まない。死に逝く者はいつも勝手だからな」
その通りだ、私もシェルフィアとリルフィに無断で死んだ。兄さんの気持ちは、痛い程よく解る。
「ところで、リバレスを知りませんか?」
私は場の空気を変えようと、そう言った。リバレスに早く会いたい気持ちも勿論強い。
だが、兄さんとティファニィさんは目を丸くして顔を見合わせた。
「何か拙い事を言いましたか?」
再度二人は顔を見合わせる。
「リバレス君は既に転生したよ」
「此処にいた期間は短いわ」
「えっ!そうなんですか」
私は二人の顔を交互に見る。何故か二人とも笑っている。
「お前の鈍さは折り紙付きだな。ある意味感心するよ」
「リバレスさん、可哀想」
そうか、私は生きている間に彼女を見付ける事が出来なかったのか……。転生後、しっかり捜そう。
「すみません、気付いてやれませんでした。私が転生したら必ず見付けます」
また二人が顔を見合わせる。だが今回は直ぐに兄さんが言葉を発した。
「そうだな、お前が自分の力で見付ける方が彼女は喜ぶ筈だ」
ティファニィさんが頷く。私も強く頷いた。
「さて、そろそろ本題に入ろう」
兄さんの声で三人が一様に姿勢を正し、鋭い目付きに変わる。
「問題は、『存在シェ・ファ』を止める力を持つ者は誰もいないという事だ」
私は頷く。エファロードとエファサタンの命を注いでも一時的な足止めしか出来なかった。
「現実的に有り得ないが、例えルナと俺、否、全てのロードとサタンが転生したとしてもシェ・ファを倒す事は出来ないだろう。何故なら、俺達の個別の力は彼女に遠く及ばない。同時に全員が命を捨てて彼女の封印に注力したとしても、やはりそれは一時的なものにしかならないんだ」
「それが最善で、唯一の策だと思っていました」
私は項垂れて呟く。私とフィアレスの二人で無理なら、全員で封印するしか無いという結論だった。
「それが出来ない理由があるの。魂界は、かつての神々と獄王達の魂によって支えられている。転生を行う事が出来るのも、彼らが魂界に留まっていてくれるから。通常、現世にいられるのは神と獄王一人ずつよ」
そういう事か。全員がもし転生すれば魂界は失われる。そうなれば、星に新たな生命が生まれてくる事は無くなる。唯、死を待つだけ……