リルフィ……。私とシェルフィアの娘。心から人の痛みを理解し、労わる事が出来る子。
「良かった。二人とも無事で」
囁き程度かもしれないが、何とか声が出た。
「全然良くないわ!約束……したじゃない。私とリルフィを置いて行かないって!」
こんな小声でも二人に聞こえているという事は、私はきっと二人に抱きかかえられているのだろう。
シェルフィアは本気で怒っている。彼女のこんな怒声を聴いたのは初めてだ。
「ごめん……。でも、君がもし私の立場なら、きっと同じ事をしたと思う」
「パパ!『蘇生』を使うから、喋らないで」
蘇生か。彼女は蘇生まで使えるようになったんだな。飛躍的な成長だ。これなら、心配は要らない。この星の平和は、リルフィに託す事が出来る。だが……
「駄目だよ、リルフィ。私にはもう何も……効かない」
辛うじて保たれた意思が、崩れようとしている。・・・
これが全て崩れた時、私は本当の『死』を迎えるだろう。
「よく……聞いて、二人とも」
一言喋る度に、声が出なくなっているのが解る。勿論、意思を転送して会話する余力など無い。
「私には……もう時間が無い。だから、大切な事を聞いて欲しいんだ」
悲泣の声が響く。私が失われる事が解ったのだろう。でも、
「フィーネは、自分の命が断たれようとした時……私に言ったよ。『笑って』って。私も……二人の笑顔が大好きだから、ずっと笑顔でいて欲しいんだ」
泣き声のボリュームが下がる。二人で懸命に笑おうと努力している様が、脳裏に浮かぶ……。真っ直ぐで、自分よりも愛する人を大切にする二人の優しい顔が。
時間は……あと僅か。
伝えられるのは、本当に大切な事だけ……
「シェルフィア、愛してるよ……・。私は、フィーネの君から『心』を貰い……、シェルフィアの君から『リルフィ』と幸せな時間を貰った。今の私があるのは……君のお陰なんだ。どんなに辛い壁でも乗り越えられたのは……君が隣にいたから。君が私を信じていてくれたからなんだよ」
「ルナさん!ルナさぁぁん!」
シェルフィアが、声を限りに私の名前を叫ぶ。その声も……さっきより、どんどん遠ざかっている。
「リルフィ、大好きだよ。私達の宝物。生まれてくれて……本当にありがとう。親として……余り傍にいてあげられなくて、ごめん」
「そんな事無いよ!パパは、いつだってわたし達の傍にいてくれた。だから……わたしの我が儘かもしれないけど、行かないで!ずっと一緒に……仲良く暮らしたいの!」
我が儘なんかじゃないよ、リルフィ……。大切な人を失うのは……身を切るより痛いんだ。
でも、私はもうすぐ行かなければならない。
「フィーネと出会い、恋に落ち……一度の離別を経て、シェルフィアと再会し……そして、リルフィを授かった。共に暮らし、共に眠り……過ごした日々を私は死んでも忘れないよ。手を繋ぎ、ミルドの丘を三人で歩いた事……。リウォルの湖に沈む夕陽、映える月光……。共に過ごした時は永遠に色褪せはしない」
自分の声も、殆ど聞こえない。お願いだ……。もう少し……時間を……
「だから何も……心配は要らないよ……。フィーネと同じように、私も……必ず……戻るから。もし……二人が生きてる間に……戻れなくても……その時は……私が見つけるから」
「うん……グスッ……解った。ずっとあの場所で待ってる。寂しいから、早く戻ってきてね……。何度巡り会っても、永遠に愛してるわ」
シェルフィアの唇が、私の唇に重ねられた。感覚は無いが、直感でそう感じたのだ。
「パパ……今まで育ててくれてありがとう。わたしは、パパとママの間に生まれて幸せよ。グスン……ママと一緒に待ってるね。もし、パパもママも見つけられない時は、わたしが二人とも見つけて……また皆で家族になるの」
三人でまた家族か、最高だな。私達なら出来るさ……。何度でも、何度でも。
「私は、ちょっと……長く眠るけど、二人共、体には……気を付けて……元気で……暮らすんだよ」
「うん……離れるのは、永遠の内の一瞬だから我慢するわ」
「パパも……自分を労わってあげてね」
さよならは必要無い。私達に、『終わり』など無いから……
少しの間……離れて眠るだけ。だから……
「おやすみ」
§第二章 今を生きる§
− 完 −