私達は、更に内から精神力を絞り出す。この白光を退けた時、私達は記憶パターンの1を実行する事になるだろう。
「うおぉぉ!」
「うあぁぁ!」
咆哮が谺する!臨界点を超えて肉体の崩壊が始まる!
その時、
「パァァン」
光闇が白光を消し去った!
だが、私達の精神力は残り僅かだ。辛うじて精神の安定は保っているが、思考能力の低下は否めない。
「驚きで言葉もありません」
あれだけの攻撃を放ちながらも、彼女は悠然と浮かんでいる。そもそも精神体である彼女には、肉体的な疲労など無いのだろう。
「しかし、これで万策が尽きます」
彼女の姿が消えた!?
「ブシュッ」
四肢に痛みが走り、音が耳に届いた頃には彼女は再び目の前に現れていた。一体何が起きた!?
彼女の指だ。指が私達の四肢を刻んだのだ。攻撃を受けた四肢は、血を流す事も無く真っ白な大理石のように変化し、動かせない。セルファスを殺した攻撃と同質のものだろう。
「キィィーン」
耳障りな音だ。次は何だと言うのだ。
「剣と鎧の破壊です」
砂のように剣が崩壊する。同時に、私達を守っていた極術による『結界』と、鎧も消滅した。
「貴方達は動く事が出来ず、武器も無い。それにより、私に対抗出来る唯一の手段である極術の使用も不可能となりました」
私はフィアレスに視線を送る。二人、同時に声を上げた。
「『絶体絶命』だ」
その言葉を発した瞬間、私達の精神力が一気に増大する!肉体のエネルギーを全て精神力に変換しているのだ。
状況を理解するのに、ほんの一瞬の隙を見せたシェ・ファを極術の『不動』が捉えた。
「騙しましたね。貴方達は、極術を発動させる際に『わざと』二本の剣を交叉させていた。しかも、『そうしなければ発動出来ない』と意識しながら」
捉えられて尚、彼女の表情は変わらない。冷たく澄んだ無感情な声も。
「ああ、そうだ」
「シェ・ファ、君は再び深獄で眠れ」
記憶に焼き付けた、最も大事な使命。記憶パターンの1……
ルナリート、フィアレスのどちらかが死の淵に追い遣られ、尚且つ「絶体絶命」というキーワードを二人が発した時、二人の命を代償として極術『封滅』を発動させる。
「封滅!」
封滅。深獄を構成していた極術。時の流れを捻じ曲げ、時の進行を限りなく遅くした空間を創り出す。その外層は物理的な干渉を遮断し、外的な力では決して壊れない。
過去、私達は12回この極術を用いた。私達の力をも凌駕する資質を持った魂が現れた時に。
シェ・ファは、それらの魂を全て受けた器。それを器ごと封じるのだ。私達二人の命ごときでは、『永遠に』封じる事は出来ないだろう。
だが、構わない!
傲慢かもしれないが、愛する人が少しでも長く生きていてくれるなら。
フィーネ、シェルフィア、リルフィ、今までありがとう。私の人生は最高に輝いていたよ。
兄さん、父さん、今からそっちへ行きます。
リバレス、こんな私を怒るだろうな。
自分を構成するエネルギーが全て、『封滅』に吸い取られていくのが解る。指先、爪先、四肢の感覚が無くなる。そして、視力も失われた。もう何も見えはしない。
「うおぉぉ!」
「これで終わりだ!」
激痛を伴っていた精神の消耗が、臨界点を超える!
精神が崩壊を始めた。私達が、代々受け継いできた『神と獄王』の記憶が砂のように消えてゆく。次に感情の大部分が消えた。もう、憎しみや悲しみを感じる心は、私達には存在しない。
更に記憶が崩れてゆく。自分が生まれた頃、天界での生活が目まぐるしく流れて消えた。死ぬ前は、記憶が巡るというのは本当のようだな。この世界に別れを告げて、魂の世界に行く為の通過儀礼なのかもしれない。否、この世界からの最後のプレゼント、最後の夢なのだ。
そして、私にはフィーネと出会った後の記憶と心を残して空っぽになった。
永遠の心、それだけを残して。
「世界は、束の間の平穏な眠りを得る。終焉の無い夢を見て。醒めた時、それが真の『さようなら』」
シェ・ファの言葉が脳に直接響き、彼女は『新たなる深獄』に封じられた。
『遮断』によって創られたこの空間が消えて行くと共に、私の意識は闇に包まれた。
〜第四楽章『再離』〜
暗い、何も見えない。温度も感覚も失われている。私は何処だ?既に死んだのだろうか。
だか、微かに意識の外側から声が聴こえる。
「ルナさんっ、起きて、お願い!」
シェルフィアか。何という僥倖……。生きている内にもう一度声が聞けるなんて。
「パパ、いやぁぁ!死なないで!」