彼女はこの言葉を聞いて更に泣き出した。もう喋ることも出来ない。
「ごめんな」
私はリバレスの頭を優しく撫でた。こうするのも、これが最後かもしれない。
私達は無言のまま、寄り添っていた。徒に時が過ぎていく……
そして、数時間程経っただろうか?友人達が尋ねてきた。結果的に私を陥れる形になったジュディア、そしてセルファスとノレッジだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
ジュディアは号泣しながら私の元へとやって来た……。その涙で滲んだ美しい顔は、後悔の痛みに彩られている。
「馬鹿野郎!何で反論しねぇんだ!?お前なら、何とか出来ただろ!?」
セルファスは本気で怒っている。その怒りの強さから、私のことを本気で心配してくれているのが良く解る。
「ルナリート君……僕は失望しましたよ。君は僕の目標だったのに、まさかこんな事になるなんてね」
しかし、ノレッジは微笑さえ見せた。彼だけは、私の事を考えていない。
彼は、建前として私の事を心配する振りをしているだけなのだ。寧ろ彼は、私が消えることに喜びすら抱いている。醜い優越感を得ているのだろう。
心の闇を垣間見たが、わざわざ私に会いに来てくれた友人達に言葉をかけない訳にはいかない
「こうなってしまったものは仕方ない。誰も悪くはないんだ。ジュディアもな。強いて言うならば、自由な考えを持つだけで罪人となるこの世界が悪い……。私は昨日言った通り、自分の意思を貫き通した末に、全ての天使に自由を与える礎となるなら悔いは無い。そうする為の発言を、法廷の場で胸を張ってやるさ」
私は淡々とだが、強い意思を持って語った。
「ルナ!あなたが居ない世界なら私は要らない!私は裁判で、何とかあなたを守って見せるから!それが私のせめてもの罪滅ぼしだから!」
ジュディアは涙声でそう叫んだ。しかし、
「やめるんだ!」
私は自分でも驚く程の大声で彼女を一喝した。
「それで、罪がジュディアにまで及んだらどうする?これは私の戦いだ、自由な世界を勝ち取る為の!」
「でも、でも!こうなったのは私の所為なのよ!」
彼女は一歩も退こうとしない。
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくから。絶対に馬鹿な真似は止めるんだ。それが私への償いだと思ってくれ」
その言葉の後、ジュディアは啜り泣きが止まらず、口を開くことはなかった。
その後に、皆とどんな話をしたかは記憶していない。
私の頭の中は、信念と決意のみに支配されていたからだ。
永遠とも思える沈黙の中……また数時間が経過した。
死……否、それ以上の苦しみを考えると、私はどうしようもなく不安になって来た……
自分の意思を曲げる気は毛頭無いが、いざ自分の生涯の終わりを目前にすると心は恐怖で満たされる。
死ぬのは怖い、生命としての基本的な感情が今ごろになって私を満たしだしたのだ。
私は愚かだったのだろうか?普通に生涯を全うする方が幸せだったのではないか?
本当に私の裁判での発言如きで世界を変えられるのか?無駄な死になるのでは無いだろうか?
しかし、苦悩の果てに私はいつのまにか今までの生きてきた道を記憶の中で辿っていた。
記憶にはリバレス、そして友人達と過ごした1000年余りしか浮かんで来ない。記憶を辿るにも私には謎が多過ぎるのだ。
私は両親の顔を知らない。私を産んですぐに死んだという事を聞いただけだ。
また、自分の本当の名前も知らない。ただ解っていたのは『ルナリート』という名前の一部のみ。本当の名前は誰も知らないのだ。
そして、私は様々な点に於いて他の天使とは違う。外見も、能力も、考え方まで……
それでも、私は自分に胸を張って生きて来た。自分自身に後悔はない。
私は最後まで信念を貫く。何者にも脅える事無く、自由に暮らせる世界にする為に!
私が生きてきた理由は此処にあるのだ。
そう決意を固めた頃、ずっと黙っていたリバレスが真っ赤に腫れた目を擦りながら私に話しかけてきた。
「わたしの親はルナ一人だからー!」
その言葉には重い意味があった。それは、私と共に生き共に死ぬ覚悟があるという事……。彼女は其処まで私を慕っている。
「解った」
私はその意思を確かに受け止め、短いが優しくそう答えた。
「……でもな、私は裁判でどんな判決が出ようとも、意思を曲げるつもりは無い。それぐらい強い意思を見せなければ、この世界に変化は起きないからだ。今迄僅か1826年しか生きていないが、何も変わらなかった。だから私はどんな手を使ってでも、法廷の場で意見を全ての天使に明白にするんだ。自由の尊さを!刑を受けるのはそれからだ」
リバレスはしっかりと私の考えを受け止め、強く頷いた。私達の間にもう言葉は要らない。
そして今夜、全てを揺るがす事件が起こる事になる。