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 私はあくまで冷静に対処した。相手の感情に合わせて、自分を激化させれば悪循環だからだ。

「良いでしょう!来なさい!」

 

 その言葉に反応し、部屋の奥の扉から出てきた天使はよく知る天使だった!

 非の打ち所の無い美しい容姿を持ち、完全主義者の女天使!

 

「ジュディア!」

 私が反応する前にリバレスが驚愕の叫びを上げた。

「ジュディア、何故だ!?」

 私はジュディアの目を直視する。

「あなたに……あなたに余りに危険過ぎる考えを止めて貰いたいからよ!」

 彼女は、半分涙目になりながら悲痛な叫びをあげた。ハーツに密告したのは私に考えを改めさせる為だったのだ。

「天使ルナリート君!もう一度聞きます!この天使ジュディア君が、昨日私に言ったことはあなたの本心なのですか!?否、単なる気の迷いでしょう!?」

 神官は更に興奮し、私に質問を浴びせる。

 私は、神官ハーツが次にとる行動を考えた。私が此処で本心を否定すれば、無罪放免されるだろう。しかし、虚偽の密告をしたとされるジュディアはどうなるだろうか?間違い無く厳罰に処せられる。

 神官は、私を信じている。成績の良さ故に。そこを上手く利用すれば、私もジュディアも無罪に出来る筈だが……

「神官ハーツ様!私が神官様に報告したのは、天使ルナリートに考えの更正を施して欲しいからなのです!」

 ジュディアは神官に叫んだが、彼はその言葉には耳も貸そうとしない。

「天使ルナリート君、正直に答えなさい!ジュディア君の密告は真実なのかどうか!?真実で無いのであれば、ジュディア君を処罰して君は解放しましょう!君程優秀な者が、そんな愚かな過ちを犯す筈はありませんからね!?」

 やはり神官は私を盲目な迄に信じている。

 私が此処で真実を否定するのは容易い。上手い嘘で、私とジュディアの両方を無罪にする事も容易い。

 だが私は、今後天界で胸を張って生きていけるのか!?

 自由を言葉に出来ず、真実は闇に葬られる。それで、満足出来る筈が無い!

 

 もう、心を否定され続けて生きるのは嫌なんだ!

 

「神官ハーツ様!私天使ルナリートが昨晩、天使ジュディアに話したことは全て真実です!私の本心です!」

「ルナ!」

 リバレスとジュディア、二人の叫びは殆ど私の耳に入らなかった。私の心は真実で満たされている!

 私にもう迷いは無い。こんなに窮屈な世界で、我慢して苦しみながら生きていくのは耐えられないのだ!

 私の言葉に、紅潮していたハーツの顔は蒼白になり、今まで見た事が無い程に、冷徹な顔つきになった。

「……失望しましたよ……。天使ルナリート君、否、ルナリート……。あれ程優秀で、私を期待させておきながらこの仕打ち……。君には今晩、公開裁判を行います!その時に謝罪しても、もう有罪は免れません!そして今の君の発言が、どれ程愚かで悔やむべきものだったか理解するでしょう!」

 私は信念を貫く。その為に裁かれるのであれば本望だ。私の考えを全ての天使に聞かせるんだ。『自由』を手に入れる為に!

 私の覚悟を神官が知る由もなく、神官は身も心も凍てつくような叫びを発した。

「牢に連れて行きなさい!」

 その突き刺さるような叫びと共に、私とリバレスは地下の牢獄へと連れて行かれた。

 

〜牢獄〜

 冷たく閉ざされた牢獄……。眼前には強固な鉄格子。それには神術によって結界が張られており、どんな物理的な力を持ってしても破る事は出来ない。

 薄汚れた灰色の壁には、黒く固まった血の爪跡が残っている。罪人が投獄されて、苦しみ抜いて付けた跡だろう。

 罪の無い被告達は、処刑される直前迄、悔しさに涙しながらこの傷を付けたに違いない。

 私も……今晩大衆の前で裁かれる。それまでの時間を此処で過ごす訳だ。

「ルナー!どうして、神官の前で弁解しなかったのよー!?ルナが真剣に考えれば、ルナもジュディアも無罪にできた筈よー!」

 リバレスは、悲しみと悔しさに満ちた顔を私に向けた。

「良いんだ。私が信念を貫く限り、いつかはこういう事態になると思っていた。昨日は私が神官になる。その日まで辛抱するつもりだったが、やはりあの神官には失望と怒りしか沸いてこないよ。そんな奴に敬意を払い、自由の奪われる世界で数千年我慢するなんて、私には無理だったんだ。でも、お前には悪い事をしたと思ってる」

 私は自分の信念を貫いたことに悔いは無いが、唯一つリバレスの今後の事を考えると、申し訳無い気持ちで一杯になった。

 彼女には私が必要だ。私を失った彼女はどうなる?親も兄弟もいない彼女が!親を持たない天翼獣は生きていけない。

 生きていくには天使の助けが必須なのだ。

「……ルナのバカー!バカバカバカ!」

 リバレスは、小さい体で泣きながら私の胸を叩いた。私にはその気持ちが痛い程良く解る。

 だが、私には彼女に伝えなければならない言葉がある。

「……リバレス、よく聞くんだ。私は今迄、お前の親代わりになって生きてきたつもりだ。だが、今日私は狂気の神官によって裁かれる。恐らくは死刑は免れないだろう。そして今のまま、私がお前の親権者だと罪はお前にも及ぶんだ。だから、私とは縁を切れ!そして別の天使に親権者になって貰うんだ!そうすれば、リバレスはリバレスのまま生きていける。解ったな?」

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