会談から戻ったリルフィは真っ直ぐ浴室に向かい、重い戦闘服を脱ぎ捨てて熱いシャワーを浴び始めた。先刻の戦いで流した汗が洗い流され、体の隅々まで心地良い。 「フォルティスも成長したわね。この間までは第二段階の力で余裕だったのに」 リルフィはそう呟くと同時に、両頬が緩むのを感じる。彼女はフォルティスがまだ赤子だった時から知っており、その成長を見守ってきた。十八年前の戦いで共に親を喪い、自分と同じ責任ある立場にある彼を他人のようには思えなかった。 ロードとサタン、同等の力を持ちこの星を治めてきた来た二つの存在。かつては競い、争い、憎み合ってきたが、互いに認め合った唯一の存在だった。その本質は今も変わりはしない。 リルフィは、今では第四段階(記憶の継承)の力も使える。ルナとシェルフィアが居なくなってから徐々にエファロードの記憶も蘇ってきたのだ。 「平和になったこの世界で、わたし達のような圧倒的な力は必要なの?」 彼女はそう心の中で呟きながら、シャワーを止めて真新しい真っ白なタオルで細身の体を拭く。濡れた深紅の髪から水滴が落ちていく。 この十八年で強大な力を行使する機会は無かった。傷付いた人々を治したり、老朽化した建物を破壊するなどに多少の力を使う事はあったが、天界や獄界などの界そのものを構築して維持できるロードやサタンの能力から考えれば微々たるものである。 髪を弱めの「焦熱」の神術で乾かした後、フリルの付いた水色のドレスに着替え、リルフィは思う所があったのでルナの部屋に立ち寄った。 「ここは今でもルナの匂いが残ってる」 リバレスとして生きた四百年余り、リルフィとしての十年を彼女はルナの傍で過ごした。彼女はルナの温もりや匂いを、大切で愛しい記憶として今も胸の中にしまいこんでいる。 「ねぇ、ルナ。わたしはこれから何をしていけば良い? この世界は、もうわたしやフォルティスを必要としていないんじゃないかな?」 ここ最近抱えていた思いを遠い場所にいるルナに問い掛ける。勿論、答が返ってくる訳ではないが、此処に来るとリルフィの気持ちは落ち着いてくる。 「わたしもルナのように、いつかは自分の生まれた意味を理解できるようになるわよね。その為にも毎日頑張るわー!」 彼女はそう自分を鼓舞した後、「だから魂界となった月(Luna)で再会した時にはいっぱい褒めてね」と声を出さずに付け加えた。 さて、そろそろ皇帝の仕事をしなくちゃと体を目一杯伸ばした後に、リルフィは視界に僅かな違和感を覚えた。ルナの机の装飾が気になったのだ。引き出しでは無く、その横にある雪の結晶を象った銀細工が光ったような気がしたのだ。 「この綺麗な装飾は前からあったけど、気になった事はなかったわ」 リルフィはそう呟きながら、装飾に手を触れる。すると、 「キャッ!」 指先に電撃が奔ったので思わず声を上げた。彼女は能力を高めて装飾の正体を確かめる為に、自らの力を第三段階まで解放した。そして装飾に再度触れるが、今度は痛みを感じなかった。 「この装飾は神術で封印されてる。電撃は触ったものに警告を与える為のものみたいね。第三段階の力で触れて何も感じないのは、恐らくは一定以上の力を持つ者には触れるのを許可しているから。そう、シェルフィアやわたしのように」 リルフィは鼓動が早く、大きくなるのを感じた。この封印の中身はきっと自分の知らない何か大切なものだと直観したからだ。彼女は恐る恐る装飾を押したり引いたり回したりしてみるが何も起こらない。そして、彼女は一つの仮説を立てた。 「これがもし、わたしの為に残されたものだとしたら……」 彼女は今度は第四段階の力を発動させ、指先に神術の力を込め始めた。城を破壊しないように最小限に抑えながら。 「ロードのみが使える神術、光(Sunlight)!」 リルフィが神術を発動させると、装飾はその力を吸収して真っ白な光を放った後、部屋に拡散して雪を降らせた。この封印は彼女の為に施されていたものだったのだ。 「ルナ……」 装飾のあった場所には穴が開いており、そこに指を入れて引っ張ると隠された引出が現れた。その中にあったのは神術で保護された一冊の本だった。 「時の記憶」 表紙にはそう書かれていた。リルフィはその文字を見た瞬間、目の前が滲むのを感じる。事務的な過去の書類以外で久々に見たルナの字だったからだ。彼女は深呼吸してページをめくった。 | |
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