「時の記憶」 ※一部を抜粋

著:ルナリート・ジ・エファロード

 

 はじめに

 

 この本は、元々はシェルフィアにプロポーズする前にリウォルで購入した白紙の本だった。私はこの本に「時の記憶」と名付け、私達に起こった事や思いを書き綴る事とする。但し、具体的な事柄を書き記すのは人間達を守る戦いが終わってからとする。

 

 平和の来訪

 

 遂に長かった戦いが終わり、人間界に平和が訪れた! だが、実はこれを書いているのは戦いが終わった半年後である。この本の存在を忘れていた訳ではなく、平和の代償に多くのものを喪い、気持ちの整理がつかなかったのだ。

 私がシェルフィアと生きていく未来の為に、私の家族二人が犠牲になってくれた。

 文章で書くとたった一文だが、この出来事は私やシェルフィアにとって、途轍もなく大きい意味を持つ。私達は四人で戦いの終わりを迎える筈だったのに、二人しか居なくなったのだ。しかも、犠牲になった二人は戦いが始まる前から命を落とす覚悟をしていた!

 ハルメス兄さん、そしてずっと一緒だったリバレス。二人は私にとって掛け替えのない大切な存在だった。兄さんは私に生きる指針と強さをくれ、リバレスはいつも私の事を第一に考えてくれる愛娘だった。二人の事をもっと書きたいのは山々だが、詳細な事を書くとそれだけでこの本一冊では足りなくなる。

 私とシェルフィアは貴方達のお蔭で今も元気に二人で生きていられます。私達は決して二人の事を忘れません。そして、フィーネがシェルフィアとして再びこの世界に帰ってきてくれたように、貴方達の帰りをいつまでも待っています。

 

 娘の誕生

 

 私とシェルフィアの間に娘が生まれた!

 名前はリルフィ、シェルフィアが考えてくれた名前だ。沢山の想いが込められたとても良い名前だと思う。

 それにしても可愛くて仕方が無い。赤い髪は私から受け継ぎ、茶色の優しい目はシェルフィアに似ている。自分に子供が出来るというのは素晴らしい感覚だ。無性に、理由など不要で、堪らなく愛しい。これから、シェルフィアと共に、この子の成長を見守りながら生きるというのは何という至福だろう。月並ではあるが、私はこの子の為なら命すらも惜しくない。私達もこの子のように柔らかく、不確かに生まれて少しずつ成長したのだろう。私は世界中の子供を育てた親という存在に尊敬の念を覚える。

 

 リルフィの入学

 

 リルフィは五歳になり、フィグリル中央学校に入学した。休みを除いて学校は朝9時〜15時まである。私が天界の学校に通っていた時の事を思い出すが、私の頃のように自由を束縛する教育では無い。最初は、学校に行かせるのが心配だったがリルフィは周りの子供達とも仲良くしているし、成績も非常に優秀らしい。彼女は学校に通い始めてから自主的に城にある本を読み始め、一日に三冊は読破するらしい。セルファスとジュディアの息子、ウィッシュも来年には入学するが、家の娘がきっと学業も運動もトップになるだろう。これが親馬鹿というやつなのだろうな。

 

 ディクトの報告について

 

 先日、知識の街リナンを治めるディクトから気になる報告を受けた。局所的ではあるが、漁の不作や作物の立ち枯れ、流行の病、子供を授からない夫婦の増加等が起こっているらしい。ディクトは曖昧な推測や偶然で物事を判断しない。その彼がわざわざ私に報告したのだ。彼の言う通り、何かが起こる兆候かも知れない。警戒しておこう。

 

 フィアレスの来襲

 

 十年間続いた平和が終わった。フィアレスが獄王の力を継承し、この世界に単身で乗り込んで来たのだ。何とか退けはしたものの、半年後には全面戦争となる。半年後の戦いに勝利しなければ、人間や元天使達は魔に虐げられる事になる。絶対に負ける訳にはいかない。正直に言えば、獄王フィアレスと魔の軍勢の方が戦力では上だろう。しかし、我々は愛する者の為に結束して戦う。侵略の為の戦いと、自分が守りたい者を守る為の戦いでは覚悟の重みが違うのだ。

 半年後には再び、否、この星に生きる者全てにとっての完全なる平和を勝ち取る。

 

 最後の戦い

 

 この本に文章を記すのは恐らく最後になるだろう。

 私は一度死に、再びこの世界に蘇った。フィアレスと戦っている最中に、深獄に封印していた12の魂を内包した「存在シェ・ファ」が現れ、彼女を一時的に封印する為に命を落としたのだ。

 彼女の力はロードやサタンを遥かに凌駕し、彼女によって元天使や人間、そして魔の半数は殺された。彼女に対抗する手段はたった一つしか無い。彼女と同じ「精神体」となる事だ。精神体は精神エネルギーの結晶であり、肉体エネルギーとは比較にならない。

 私は精神体となった瞬間、再度肉体的な死を迎える。そして私を精神体として維持させる為に、「魂界」が私に取り込まれる。これにより魂の行き場所が無くなり、この星にはあらゆる生命が誕生できなくなるのだ。このままでは、存在シェ・ファを倒したとしても生命に未来は無い。だからこそ創るのだ。

 私の手で新たなる魂界を。

 それが私という存在の意味だったのだ。人を愛し、平和な世界を築き、最後は命を永遠に巡らせる事が。

 この文章を、私以外の誰かが読む時、私は既にこの世界には居ないだろう。そして、これを手に取るのはシェルフィアかリルフィになると思う。シェルフィアには私が魂界を創る事を話し、話はしていないが転生してロードの血を引くリルフィもそれを理解している筈だ。だから、私はこの世界に残る二人に言葉を残す。

 

 リルフィへ

 

 リルフィの二度の人生を最初から一緒に生きられて私は幸せだった。

 リバレスだった時に私がどれだけ支えられたか。天界での単調な暮らしは、リバレスのお蔭で楽しいものになった。私が神官を倒し、堕天となった時にも付いて来てくれた。フィーネを喪って獄界に乗り込んだ時も、天界に戻って神と戦った時にも一緒だった。そして、私とシェルフィアの為に命を犠牲にしてくれた。私にとってお前は、娘であり時には母親だったのだと思う。いつも子供のように振る舞っていた癖に、本当は誰よりも優しく周りの人を考えてくれていた。私はなかなかお前の強さに気付けなくてごめん。そして、ありがとう。

 リルフィは、私とシェルフィアにとって命よりも大切な宝だ。私達の両方を受け継ぎ、とても優しい人間に育った。いつも私達の事を考え、人間達の事を考え、争いの無い平和な世界の事を考えていた。そして、リバレスの生まれ変わりなのだ。愛しくない筈がない。否、婉曲な表現ではなく直接記そう。

 リルフィ、今までずっとありがとう。パートナーとして、娘として愛してる。

 私は魂界に居るけど、また必ず会える。その時はもう大人になってるだろうから、肩に乗せる事は出来ないだろうけど、目一杯抱き締めるよ。

 最後に、リルフィには誰よりも幸せになって欲しい。私やシェルフィア、人々を想ってくれたように、今度は自分の事を大切にして欲しい。大切な人が出来て、その人を愛した時に世界はきっと変わるから。

 

 大好きなリルフィ。また逢える日まで、おやすみ。

 

 

目次 第三節