【第三節 小さな翼】 「お父さん、お母さんおはよう!」 朝の冷気を吹き飛ばすかのように、元気な声がリビングに響く。 「おはよう!」 私とシェルフィアの声が重なり、三人共、同じようにニッコリと微笑んだ。 リルフィ、この二年で随分と成長したものだ。背が10cm程伸び、顔付きがますますシェルフィアに似てきた。また、声も随分と落ち着いている。何より、私の事を『パパ』では無く『お父さん』と呼ぶようになった。 寂しいやら、嬉しいやらで複雑な親心。二年は短いように思えるが、子供にとっては長い長い時間で、心と身体が変化するには十分な期間なのだろう。 私とリルフィは、シェルフィアが居るキッチンから朝食をリビングに運ぶ。 運び終えると、シェルフィアが料理に向かって手を広げて嬉しそうに言う。 「さぁ、食べて!」 「頂きます!」 二年前と変わらない平和と幸せに満たされた光景。シェ・ファとの戦いで死を迎えた時、たった二年で戻って来れるとは夢にも思わなかった。 これが贅沢なのは十分解っている。セルファスも、ノレッジも、シェ・ファに殺された者は誰も帰って来ていない。フィアレスは帰って来たが、子供を抱く事さえ許されていない。兄さんも、かつての自分の部屋でティファニィさんの彫像の下で、訪れる『時』を静かに待つのみだ。 笑顔を湛えて美味しそうに料理を口に運ぶ二人、それを見て微笑む私。今までに起こった悲劇が、全て嘘のように感じてしまう。 皆には申し訳無いが、もう少しこの幸せを満喫させて欲しい。私が『肉体』を現世に留めて置けるのは、後僅かだから…… この日は、ミルドの丘を登り、リウォルの湖を散策して帰って来た。 転生してから、二人は私の近くを片時も離れていない。勿論、眠る時も三人一緒だ。明日は、シェルフィアと二人になれる時間を取ろう。リルフィなら寂しくても我慢してくれる。 こうして考えてみれば、子は親に甘えるのは当然だが、親も子供にしっかり甘えている。特にリルフィはしっかりしているので尚更だ。 「(どっちが親か解らないな)」 何処かで聞いたような台詞、私は苦笑した。 明日で、私が転生して一週間が経つ。 二人が寝静まった後、私は一人ベッドを抜け出した。魂界で心に決めた事を実行する為だ。 〜小さな翼〜 月光と星々の光で仄かに明るいテラス。其処で私は、光の翼を広げた。遥か上空まで飛び、転生したリバレスを捜す為だ。私は神経を集中させて翼を動かし始める。その時だった。 「待って!わたしも連れて行って」 リルフィが寝巻きにコートを羽織って走ってくる。急いで私を追いかけてきたのだろう。 「直ぐに帰ってくるよ。一緒に来ても寒いだけだ」 私はリルフィの頭を撫でる。いつもなら、これで大人しく待っている筈。だが、 「いいの、お願い」 そう言って、彼女は私の胴に腕を回した。聞き分けの良いリルフィがお願いまでするとは…… まぁ、リルフィが一緒にいても、リバレス捜しには何の支障も無い。連れて行こう。 「解った。しっかり掴まってるんだぞ」 彼女が微笑みながら頷くのを確認し、私達は天高く舞い上がった。流石に寒いので、熱の膜を神術で作って自分達を覆う。 フィグリル全土が見渡せる高度で、私は目を閉じ意識をフィグリルに向けた。全ての魂が私の心の中に映る。だが、リバレスの魂に近い者はいない。どうやら、フィグリルには居ないようだ。 「お父さん、何してるの」 私の腕に抱えられたリルフィが怪訝そうに、私の顔を見上げる。 「昔、私がとても世話になった人を捜してるんだ。この世界に転生しているらしいから」 その言葉を聞いたリルフィは微笑み、唐突に私の腕から離れた。 「危ない!」 急激なスピードで落ちていくリルフィ! だが、私が追いつこうとした時に何故か落下が停止した。 「わたし、飛べるのよ」 「えっ」 確かにリルフィは宙に浮かんでいる。エファロードが飛べるのは異常では無いが、何だか様子が変だ。リルフィの髪は赤で、瞳の色も茶色のままだ。即ち、光の翼を出しているのでは無い。翼が無くとも、重力に対して同一の力を放出すれば浮く事は可能だが、神術を使っている様子も無いのだ。 「一体どうやって?」 「さて、どうしてでしょう」 あれ、リルフィはこんな子だっただろうか?素直で、意地悪な所は微塵も無かった筈なのに。二年という歳月が彼女をそう変えてしまったのか? 「見ててね」 リルフィはそう言うと、私の周りを飛び回った。何の苦も無く、空を飛んでいる。背中に羽、否、小さな翼が生えているように見えるのは見間違いだろうか? 「まだ解らないの?お父さん、本当鈍いね。翼が見えているのは見間違いじゃない、わたしが神術で造ったものよ」 神術で、あんなにリアルな翼が造れるものか? 「『変化』の神術でね」 変化、天翼獣だけが使う事が出来る神術。 天・翼・獣・だけが!? そんな、まさか…… 「お母さんは、わたしが生まれた時から薄々気付いてた」 嘘だ、否、そう考えれば全てがしっくりくる! 「お父さんはずっと気付かなかった。たまに、わたしが気付かせる為の素振りをしてみても」 間違い無い。 こんなに寒いのに、目頭と頬が熱い。際限無く涙が溢れて止まらない。 私はリルフィの頭を胸に抱き寄せる。こんなに大きくなって……。ありがとう、私達の子供として生まれてくれて。 「おはよう……、リバレス」 「おはよう、ルナー」 私達は周りに誰もいない事を良い事に、声を上げて泣いた。 生まれた時からよく泣いていたリバレス。いつの間にか、私にとって何よりの心の支えになっていたリバレス。喜びも悲しみも、平穏も戦いも……、いつだって私達は一緒だった。 彼女はどんな時でも私の事を一番大切にしてくれた。私の肩の上で消えてしまうまで、ずっと! その彼女が、生まれ変わって今、私の胸の中に居る。 10年、彼女は黙っていた。唯、私が気付くのを待って。私が今日リバレスを捜すという事も、察知していたのだろう。リルフィはシェルフィアと違って(シェルフィアの魂は、元はフィーネと別だった)、魂がリバレスそのものだ。だから、私が上空から捜せば直ぐに見付かる。 リルフィは上空からじゃなく、直ぐ傍で気付いて欲しかったのだ。だから、私にお願いして付いて来た…… ようやく二人の涙が収まると、リルフィは私の顔を見上げて笑う。 「ややこしいから、わたしの事はこれまで通りリルフィって呼んでね」 「ああ、解った」 私が大きく頷くと、リルフィが私の耳に口を寄せる。 「一言、言わせて」 「何だ?」 「気付くのが遅ーい!」 耳が痛い!だが、これが10年分の怒りなら安いものだ。 「本当にごめん」 そう言いながら私はリルフィの頭を、ポンポンと撫でた。 「もう……。ルナはお父さんになっても、変わらないね」 両手を広げ、『やれやれ』という仕草を見せる。お前も全然変わってないよ。 「さぁ、帰りましょ。お母さんが心配してる」 「シェルフィアも此処にいる事を知ってるのか?」 「当たり前じゃない、女の勘は鋭いのよ。ちゃんとお母さんに断りを入れてから来たんだから」 知らなかったのは私だけ。あぁ、我が家の主導権は今後完全に女性陣が握る事になるだろう。 リバレスが見付かって良かった。それも最高の形で。 これで私は、二人の為に何処までも強くなれるだろう。シェ・ファにも負ける気がしない。 そして、形はどうであれ私達は永遠に一緒だ。 先を飛ぶリルフィに追い付き、肩車をする。彼女が一番好きな場所。 本当に、ありがとう。 | |
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