【第五節 未来を生きる為に】

 

 此処は、フィグリル中央学校の大講堂。今日から会議が終わるまで、学校は休みにしてある。大講堂以外は、世界各地から集まる代表者の宿舎として利用するからだ。集まった人間、元天使は数千人。実際に会議に参加するのは数百人だが、会議の終了後、意思の伝達をスムーズに、また迅速に行動が起こせるように主要な人物が集結している。

 

「それでは、皆様私ディクト・リナンが今回の会議の司会を務めさせて頂きます」

 司会を頼んだディクトは、教壇に立ち本日論議する内容を黒板に書いた。それは、次のようなものだ。

 

 1.理想と方針

 2.理想と方針に基づく具体的な対処

 3.半年間で為すべき事

 

 たった三つだが、これらは深い内容を求められる。主要なテーマを三つに絞ったのだ。

「皆様、1.理想と方針について論議致します。それでは最初に、皇帝の意見を伺いたいと思います。どうぞ」

 ディクトに促され、私は教壇に立った。理想と方針については、私の中では決まっている。だが、その前に……

「皆、よく集まってくれた。論題に入る前に一言言わせて欲しい。既に承知の事だと思うが、今人間界は脅威に晒されている。10年前、我々が平和を勝ち取って以来の脅威だ。だが、私は知っている。聡明さと強固な結束力を兼ね備えた皆が協力すれば、どんな苦難も乗り越えられるという事を!」

 私は、本題に入る前に皆の士気を上げる言葉を発した。講堂が熱気に溢れて来るのを感じる。

「人間は、かつて天界から蔑視され、獄界からの侵攻を黙って耐え忍んでいた。だが今は、人間を軽んじる者など誰もいない。そして、何者にも脅かされる事は無くなった。この平和を……、我々の未来、子供達の未来を守る為に、今こそ皆の力を私に貸して欲しい!」

「うぉぉ!」

 歓声が上がった。皆、思いは一つだ。大切な者の為に戦う覚悟は出来ている。

「私が思う理想と方針を話そう」

 皆が静まる。だが、瞳には熱き思いが宿ったままだ。

「理想は、二度と争いが起こらない平和な世界の実現だ」

 講堂に居る者全てが一様に頷く。

「その理想の実現には二つ方法がある。一つは、獄王を含む獄界の者を根絶やしにする事。そして、もう一つが人間、魔にとって互いに理想と言える世界を創る事だ」

 私は水を一口飲み、話を続ける。

「前者はほぼ不可能だろう。仮に可能だとしても、血塗られた歴史の上に築かれる世界が果たして平和だと言えるだろうか?私はそうは思わない。獄界の魔を根絶やしにするような戦いを繰り広げれば、人間も絶滅に瀕する程の犠牲が出るだろう。生き残った人間が、血に染まった世界を見て平和だと言える筈も無いからだ」

 一部の者が考え込む仕草を見せた。恐らく、それしか平和の道は無いと思っていたのだろう。

「後者の、人間と魔にとって理想の世界を創る事。これは非常に困難だが、真の意味で平和と言えるのはこの方法しか無い。率直に言おう。『人間と魔が区別無く共存する世界』だ」

 私がそう言った瞬間、多くの者が立ち上がり首を振った。「無理だ!」という叫びも聞こえる。当然だ、10年前まで人間は魔に虐げられる日常を送っていたのだから。

「もう少し私の話を聞いてくれ。短い視点で考えて、それは不可能だろう。魔を憎む人間が多く居る事は承知している。また、魔も人間を滅ぼす事を最重要と考えているのも事実だ」

 立ち上がった者も座っている者も私を訝しげな目で見ている。現時点では論理に矛盾があるからだ。

「だが、二度と争いが起こらないようにするには、争いの原因を断たねばならない。根本的な原因は、私と獄王フィアレス、人間と魔は相容れない事だ」

 場が静まり返る。その事実は誰もが認めざるを得ない事だからだ。暫くして、私は再び口を開いた。

 

「魂は……この星に生まれ来る魂に優劣は無い。神も獄王も、天使、人間、魔も。星に生きる者同士が争うのは次で最後にしたいんだ!」

 

 一部から拍手が沸いた。だが、大多数は納得しないままだ。理論では理解出来ても、感情がそれを許さないのだろう。

「方針としては、半年後の戦いに必ず勝ち我々の理想をフィアレス、獄界に認めさせる。そして、その理想を実現させる為にこの星に生きる者全てが力を尽くす。その結果、少しずつ真の平和が訪れると思うんだ」

 そこで、一人の人間が呟いた。

「もし負ければ?」

「負けるというのは、私が死ぬという事を意味する。そうなれば、この世界は魔の物になるだろう。しかし、私は負けない。私には、永遠を約束した妻と子がいる。そして、大切な皆がいる。侵略だけを目的に来るフィアレスとは背負うものの大きさが違うからな」

 立っていた者の殆どが座った。まだ納得出来ない者は更に厳しい視線を私に送る。

「私は、10年前に家族を魔に殺されました。それでも、皇帝の仰る通り、半年後に私達が勝利し、魔と争う事を止めて共存を考えて行動するとしましょう。しかし、魔が我々への憎しみを抑えられるとは思えません。再び危害を加えられると思うのです」

 もっともな意見だ。だがそれは……

「それは、フィアレスに指導させる。獄王の指示は絶対だ。最初は、互いの憎しみが衝突する事はあると思う。それを抑えて、世界を正しい方向に導くのが私とフィアレスの責務なんだよ」

 全員が座った。そして、一呼吸置いて私は剣を掲げて声を上げた。

 

「必ず勝利しよう!未来を生きる為に!生きる者は等しく幸せを享受出来るように!」

 

 講堂が熱狂に包まれる。人間界の代表者達の同意を得られて良かった。だが、本当に大変なのは半年後からだ。

「皆様、皇帝の主旨に同意されたようなので次に進めたいと思います」

 次は、理想と方針に基づく具体的な対処だ。

 これには、先程私が言った事も含まれるので皆から次々と意見が出て、次のように決まった。

 

 @半年後、必ず勝つ事

 Aフィアレスには魔を統制する役割があるので、殺さずに敗北を認めさせる事

 B魔を殺さない事。平和と共存を目指す上で、殺戮は憎しみを生む。しかし、身を守る上で止むを得ない場合はこの限りではない

 C戦うのは成人した男性で、子供と老人を戦いに参加させない事。女性は任意

 D勝利後、獄王と協議して人間界の一部を獄界に譲る事。これは、共存への第一歩である

 

 これらが、黒板に書き出されたのはもう夜中だった。議論が白熱し、時間を忘れていたのだ。朝から始まった会議は、ここで一旦中断して明日引き続き行う事となる。

 この調子だと、もっと具体的に話し合わなければならない『半年間で為すべき事』はどれ程時間がかかるのだろうか?

 各々が宿舎に向かう中、私達家族は城への帰路に就いた。三人で手を繋ぎ、真ん中のリルフィが私に言う。

「パパ、ありがとう。皆が幸せになる方法を考えてくれて!」

 私は首を振って、繋いでいない手でリルフィの頭を撫でた。

「パパがこんな考えを持てたのは、リルフィとママのお陰だよ」

 そう言うと、彼女はニッコリ微笑んだ。

 今日は三人でグッスリ眠れそうだ。

 

〜翌日〜

 翌日も朝から、会議が開催された。議題は『半年間で為すべき事』だ。

 各街の代表、学者や科学者、市民らの意見が活発に飛び交う。結局、この日の内にはまとまらず三日間かけて策定を行った。主要なものを抜粋すれば下の通りだ。これを各街で行う事となる。

 

 @適切な武装の強化(専門家を派遣)

 A戦闘員となる者の訓練(元天使達が指揮する)

 B防壁の強化と避難経路の確保、非難訓練

 C世界規模の連絡網を作成し、街に住む者全てに知識を共有させる

 D魔の集中攻撃に遭った場合などに、他の街が支援する手段の確保(『転送』が込められた聖石を必要数私が作成)

 E倒した魔を捕らえる手段の確保(『拘束』が込められた聖石を出来るだけ多く、シェルフィアとジュディアが作成)

 Fこれらの進捗を、毎週皇帝ルナリートに提出する事

 Gこれらが完了次第、皇帝ルナリートが街全体に魔除けの結界を張る事(人間は通過出来る結界)

 

 参加者は、決定した内容を所持したノートに記した。

 私は教壇に立ち、決意に満ち溢れた面々を見渡した。そして静寂の中、声を張り上げる。

 

「我々は、正しい未来を切り拓く為に生まれた!約束しよう。来年の今頃には、この星に生きる者が一つの崇高な目的の為に生きている事を!二度と……争いが起こらない事を!」

 

「わぁぁ!」

 今や講堂は、溢れんばかりの人間と元天使に埋め尽くされている。私の声を直に聞く為だ。

「半年後戦いの集結と共に、この星の生まれ変わりを記念して祝杯をあげようではないか!その時は、一人も欠ける事無く出席するようにな」

 私は微笑んだ。皆が拳を力強く突き上げた。

 

「(明日からは忙しい日々が始まるな。)」

 私は教壇を降りて、家族で帰路に就いた。

 

 この日、瞬く星空に真紅の流れ星が直線を描いたのは印象的だった。

 まるで、私達が存ぜぬ領域で何かの前触れを示唆しているかのように……

 

 

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