〜ある夜〜 全ての人々は眠りの淵から目覚め、起こった事実と半年後の現実を知った。 皆、最初は驚いていたが直ぐに手を取り合って戦う覚悟がある事を私に示す。 そして、私は二週間後に世界の要人を一堂に集め、来たるべき半年後に向けての会議を行う事を決めた。 そんなある日の夜だった。 「こんな夜は久し振りね」 フィグリル城の屋上、天を埋め尽くす星明かりの下に私達家族3人は居る。夏の夜の涼しい風が頬を掠めた。 「そうだな、平和と安息を求めて戦った日々を思い出してしまう」 私とシェルフィアは、グラスに注がれたワインを一口飲んだ。そこでリルフィが話し始めた。 「わたしが生まれる前、パパとママは戦っていた。皆が安心して暮らせる世界にする為に」 私達は黙って頷いた。星々の中央に浮かび上がる柔らかな月光を見つめながら。 200年以上も前から夢見続けた「現在」は、再び脅威に晒されている。掛け替えの無い大切な者を犠牲に築き上げられた「現在」が。 「わたし……争いが嫌い。同じ星で生まれて、同じように夢を抱いて生きているのに、どうして争わなければいけないの?信じるものが違うから?大切にしているものが違うから?」 リルフィの問いかけに、私は即答する事が出来なかった。そこで、穏やかな顔をしたシェルフィアが答える。 「リルフィ、私も同じ事を思うわ。ずっと、ずっと……。一番素晴らしいのは、人間も魔も仲良く暮らせる事よ。でも、そうなるにはとても長い時間がかかる」 シェルフィアはそこで一息ついた。彼女の考えは長年傍にいたので、良くわかる。続きは私が話そう。 「そうだよ、パパもフィアレスも頑固だ。そして、人間と魔もそれぞれに価値観を持っている。でも皆、多かれ少なかれ争いの無意味さには気付いている筈なんだ。それでも、上手くいかないのは」 「代々受け継がれた意思を変えるのは難しく、「理想の世界」というのは人間と魔で異なるから」 そうだ。リルフィはよく解っている。エファロードとしての力を早くも発現させ、多くの本を読んできた彼女は。 「その通り。でも、パパ達はこの戦いを最後にするつもりだ」 隣のシェルフィアが強く頷く。 「どうやって?人間にも魔にとっても幸せな世界を創るの?」 「究極的には、人間も魔も分け隔て無く暮らせる世界を創る事。人間界、獄界なんて区別も必要の無い世界」 私達は同様の事を口にした。これが今すぐ実行出来たら如何に素晴らしい事か。 「それをフィアレス、獄界に理解してもらう為に戦うんだ。否、フィアレスは解っているだろう。解っているが、獄王として「人間界との融和」は認められないんだ。だから、半年後の戦いで私達が勝利して考えを認めさせるしかない」 リルフィは不安げに頷いた。 仮に私達がフィアレスと魔を打ち破り、「隔ての無い世界」の実現を目指すよう約束させるとしよう。しかし、その後が理想通りに行くかどうかは解らない。否、困難を極める事だろう。それを見越して、リルフィは安心する事が出来ないのだ。 「リルフィ、大丈夫よ」 その時、最愛の妻が娘の頭をそっと撫でる。娘は、母の穏やかで強い表情を見上げた。そして、母は語る。 「ずっと昔、ママが生まれ変わる前……世界に平和なんて無かった。でも、パパが空から降ってきて人間の為に戦ってくれた。そして、平和が訪れたの」 「(……私は、『人間の為に』ではなく『君の為に』戦ったんだ。それが結果として人間の為になっただけだ。)」 私は心の中で呟いた。 「パパもママも……リルフィの為なら、命だって惜しく無い。そして、心から愛する人の為なら幾らでも強くなれるのよ」 「そう、私達にとって一番大切なリルフィの為なら……リルフィが幸せに暮らせる世界を創る為なら、半年後、もっと未来の困難さえも乗り越える事が出来るんだ」 そう言って、私は二人の肩を抱いた。この手で生涯、何度生まれ変わっても守らなければならない大事な二人を。 「約束するよ。次の戦いを最後に、争いの無い世界を。この星に住む者が血を流さずに済む世界を」 「未来の幸せを皆が夢見て暮らせるようにね」 私達がそう言うと、リルフィは涙を浮かべて首元に抱き付いた。 「何処にも行かないでね。ずっと傍にいてね!わたしは、パパとママが居ないと生きていけない!」 不安で仕方無いのだろう。先日の戦いで、私は死と隣り合わせの戦いをした。リルフィはそれまで、生死を懸けた戦いを見た事が無かった。そして、半年後に再び大きな戦いがある。全員が無傷という訳にはいかない。 「大丈夫、ずっとずっと一緒にいるよ」 「ママがパパと『永遠』を約束したように、私達家族は『永遠』に離れないわ」 そう言うと、リルフィの目に溜まった涙は勢い良く流れ落ちた。 「うわぁーん!わたし、怖かったの!パパとママが消えてしまうんじゃないかって!」 私達は彼女をギュッと抱き締めながら、髪と背中を撫で続ける。 そしてふと見上げると、全てを見透かしているかのような、星を散りばめた天空が私達を包みこんでいた。 この夜は、リルフィが眠るまで3人でベッドで寄り添った。 その後、私とシェルフィアは夫婦用の寝室に移動する。 高く昇った月明かりが窓から射し込み、シェルフィアの美しい顔を薄っすらと照らす。 「ルナさん」 私達は強く抱き合い指を絡ませながら、悠久とも思える程長い時間口付けを交わした。 「……何も心配いらないよ。来年の今頃には、何事も無かったかのように暮らしてるさ」 彼女は私の胸に額を寄せる。私はそっと髪を撫でた。 「私も、あなたが傷付く所は見たくない!」 母親としてシェルフィアは強い自分を演じているが、彼女だって一人の女性だ。 「フィアレスと私の力はほぼ互角。強い心を持っている方が勝つだろう。でも、『永遠の心』を胸に刻んでいる私は負けないよ。傷は負うだろうけど、死なない。私には生きて帰るべき場所があるから。まだまだ幸せな未来を創っていきたいから」 彼女の額が更に深く胸に押し付けられる。 「……大好きだから、絶対に死なないで。何があっても、ルナさんの命を大切にしてね。私にはあなたが必要なの。勿論、リルフィにも」 シェルフィアは私の手を強く握り、話を続ける。 「『永遠の心』で私達は離れないけど、次に生まれ変わる時はいつになるか解らないわ。私は生まれ変わって、普通の人間よりもずっと長い命を与えられた。でも、エファロードであるあなたよりはずっと短く儚い。だから、私の命の一秒一秒を全てあなたと過ごしたいの」 その通りだ。私の命は30万年は続くだろう。きっとその間にシェルフィアは何度も生まれ変わる。否、もっと先になるかもしれない。 魂が不滅でも『永遠』の中で、一緒にいられる時間はごく僅かなんだ。 「……解った。自分の命を大切にする。愛してるよ、シェルフィア」 私がそう言うと、彼女はようやく顔を上げて微笑んだ。それを見た私も思わず笑みが零れて、唇に軽くキスをする。 そして、ベッドという狭い空間の中で二人、刹那と永遠を噛み締めながら深く愛し合った。 ……その後夢の中で、全く知らない声が私に語りかける。 ……ゆっくり近付いている。誰も予期せぬ時の奔流が。 | |
目次 | 第五節 |