【第十一節 終末の光】 此処はリナン。世界の書物、知識が集まる街。そして、ディクトを筆頭に優秀な学者が集う街だ。 だが今は戦時。学者達も半年前から戦闘トレーニングを積み、今日の戦いに向けて準備を進めてきた。この街に住む者は、自分の大切な者だけでなく、貴重な書物を守る闘志を燃やしていた。 天界、人間界で蓄積されてきた叡智の結晶である無数の書物を、たった一度の戦争で失ってはならない。 深夜、ルナリートから開戦の合図を受けて30分後には、街の者は戦闘準備を完了させていた。魔の大軍はまだ来ない。人々の緊張が高まる。真冬にも関わらず、額から汗が流れる程だ。静寂を破ったのは、遥か北西にある聖域上空での、ルナリートとフィアレスの全力の衝突だった。 世界が激しく振動を始める。戦いが確かに始まっている事を感じ、人々の鼓動が激しくなる。 その時だった。 レッドムーンが現れ、ひらひらと雪が舞った後、真夜中の時間帯に陽が昇ったのは。そして、終焉を告げる者がリウォルに現れたのは。 感情を持たぬ白。何者も超越した力を有する、完全な存在。 その存在、シェ・ファはリウォルを滅ぼし、ルナリートとフィアレスを倒し……この街の中心の広場に音も無く現れた。 「何者だ!?」 広場を巡回していた兵が叫ぶ。だが、シェ・ファは瞳を閉じたまま表情を変える事無く口を開いた。 「私は、シェ・ファです」 兵の声に気付いた他の兵達が、すぐさまシェ・ファを取り囲んだ。場が騒然となる。 「この姿は明らかに人間だろう」 「それにしては、美し過ぎるな」 「何にせよ、突然何も無い空間から現れたんだ。捕らえておくしかあるまい」 兵達は、シェ・ファに手を伸ばす。だが、その手は空を切り彼女に触れる事は出来ない。 「この街にいる元天使を含む人間の位置は、全て特定しました。苦しくはありません。何も感じる事は無く、死へと誘われるでしょう」 その瞬間だった! 彼女の体が超高密度の白いエネルギーへ変換され、放射状に無数の光線を発する! 「うわぁぁ!」 光線は人々の胸を貫き、貫かれた人間はその場で白い砂と化し消滅した。 「放射された私の刃は、10000。各刃の速度は、音速の倍。各刃は人間を貫いた後、最短ルートを通り次の人間を貫く。計算上、この街の人間は32秒で死滅する」 シェ・ファは抑揚の無い声で囁いた。彼女は生命体の数、位置、生命力を正確に把握している。32秒……。この時間に誤差は無い。 その頃…… 「胸騒ぎがする!」 中央図書館を守っていたディクト達は、図書館を飛び出した。そして、見た。 「人間が消え!」 眼前の人間が白い砂と化し、消えていく!ディクトは持ち前の高速な思考で現状を瞬時に理解した。 この街の結界は破れていない。人間を瞬時に消し去る光線、魔では無い何かの圧倒的な力。恐らくは、人智を超えた力だ。敬愛するルナリートよりも強大な力…… 其処まで理解した時白い刃、無情な光はディクトの胸を貫いていた。次に待つのは、肉体の崩壊…… 「(これが……この星に生まれた全ての者の定めなら、全ての者が死に絶えるなら……誰も悲しむ者はいまい)」 それが、彼の最後の思考だった。 〜最期の勇姿〜 ミルドでの戦いは、俺達が優勢だ。さっきの俺の一撃は、魔のリーダーであるケージを地面に激しく叩きつけて気絶させた。更に、ジュディアの連続神術により、魔の軍勢は続々と落ちて行く。 気がかりなのは、まだ深夜の時間帯にも関わらず陽が昇った事だ。そして、束の間姿を見せたレッドムーン。何か不吉な事の前兆だろうか? 「このまま押し切るぜ!」 「おぉ!」 俺は、ジュディアと街の人々を鼓舞する。皆が、それに呼応して闘志が高まる。 その時だった。 「ビカッ!」 眩い光、否、「白」の爆発!?目が眩む。辛うじて眼前の状況を把握する。其処には…… 「魔が全て消えた」 何故だ?あれだけの魔を瞬時に消滅させられるのは、ルナぐらいだ。そう言えば、世界の振動は止まっている。ルナは戦いに勝ち、ミルドを助けに来たのか?だが、それにしては可笑しい。ルナは例外を除いて、魔を殺す事を禁じている。 「初めまして、セルファス・オーバーレイヤー」 「何者だ!?」 突如、見知らぬ女が俺の目の前に現れた。翼も無く、神術も魔術も使っていないのに空中に浮かんでいる! 「私の名は、シェ・ファです」 瞳を閉じ、何の感情も浮かばない透き通った声。完全としか形容出来ない美しさ。こいつは、俺の知っている何者にも属さない!俺は咄嗟に聖剣の切っ先を向けた。 「私を敵と認識出来た貴方は聡明ですが、その剣は無意味です」 こいつは危険な存在だ。俺は剣を振り下ろす!だが、剣は虚しく空を切るだけだった。 「この街の総人口から、貴方が助ける人間を引けば丁度半分です」 何を言っている!?意味が解らない! 「意味を理解する必要はありません。『理解』とは、状況を把握して未来の行動に繋げる為のもの。未来が無ければ不必要です」 未来が無い。その言葉の裏に隠されているもの。それは……死! 「ふざけるな!人の命を何だと思ってやがる!?」 怒りに震える俺に影響される事も無く、女は口を開く。 「私の一存で決まる、不確かなものです」 何て奴だ……。命はこいつにとっては些細なもの。そんな事が赦されて良い筈が無い! 「うぉぉ!」 俺は、滅茶苦茶に剣を振り回し神術を放った!だが、剣は敵に触れる事も出来ず、神術は届く前に掻き消されるだけだった。 「気は済みましたか?そろそろ始めましょう。83秒、それがこの街に残された時間です」 その言葉の直後、この女の体は白光に包まれ数え切れない程の光線が放射された! 「止めろ!」 俺は究極神術を込めた聖剣を突き立てる!だが、聖剣は抵抗も無く崩れ去った。 「助けて!」 眼下で、人間達が光線に焼き尽くされるのが見える!ジュディアは……無事だ! 「セルファス!」 青褪めた顔をしたジュディアがこっちに向かって飛んでくる。 「来るな!」 俺は力の限り叫んだ。だが、彼女は止まらない! 「逃げるのよ!」 彼女が半狂乱になって泣き叫ぶ。 「(俺が助ける人間を引けば)」 見渡す限りの人間達が、燃え尽きていく……。この女の言った事を俺は理解した。 そうだ、俺には選択肢が無いシェ・ファは未来さえ予期している。この街の人間は、俺がこの後助ける者を除いて全員殺される!俺が助ける者、それはジュディアとウィッシュ。そして、避難所に居る女子供達だ。ルナから貰った『転送』の輝石と、俺の精神力を合わせて救えるのはそれが限界だからだ。 もし俺が逃げれば、本来助かる筈の一人が死ぬ。それは、ジュディアかもしれないし、ウィッシュかもしれない。それだけは絶対に駄目だ!愚図愚図するな。この命は、愛する者の為に捧げると誓ったんだ! 「ジュディア、お前は俺にとって勿体無い位最高の女だぜ。色々迷惑かけちまったが、俺の人生は最高だった。後は、ウィッシュの傍で最高の……お母さんでい続けてやってくれ。元気でな!」 俺はジュディアの方は振り返らず、拳を空に突き上げた。振り返れば、俺が泣いているのがバレちまう。 「セルファスー!」 俺は、輝石にありったけの精神力を込めて『転送』を発動させた。 ジュディアの姿が消える。ウィッシュも、避難所の人間もこの街から退避出来ただろう。 「貴方の死で、人間界の人間は丁度半分になります。私は次に獄界に向かい、魔を半分抹殺します。次に残りの人間と魔を抹殺します。最後にルナリート・ジ・エファロードとフィアレス・ジ・エファサタンを同時に抹殺します」 「(ルナ、後は頼んだぜ。)」 俺は微笑んだ。最後の刻は笑って死ぬって決めていたからだ。愛する女性と結ばれ、子も授かった。上出来な人生だぜ。 「時間です、セルファス・オーバーレイヤー。死を恐れる事はありません。『私という存在』があるのだから」 その声の後、俺は目を閉じた。 「ブシュッ」 胸を、冷たい刃で抉り取られた感触……。この世のものとは思えない程の低温…… ジュディア、ウィッシュ。必ず、再び巡り会えるさ…… またな。 | |
目次 | 第十二節 |