〜何よりも大切だという事〜 「ドンドンドン!」 ん?何処か遠くでドアを激しくノックする音が聞こえた。階下だろうか?一体今何時なんだ?薄明かりの中、置時計を探し月光に照らすと時刻は午前3時だった。眠ってからほとんど時間が経っていない。僕が出る必要があるなら、兵が僕の所まで来るだろう。今日は疲れたのか眠過ぎる。 「コンコンコン!ノレッジ様!レンダーの父親が来ております!娘が危篤との事です!」 「何!」 僕の眠気は一瞬にして消失した!と同時に、例えようがない程の悪寒が全身を駆け巡った。全力で城の入り口まで走った! 「ノレッジさん!レンダーがこんなものを!」 と父親が僕に手紙のようなメモを見せた。内容は! 「ノレッジ様へ 今までずっとありがとうございました。10年間……私の事を考えて下さって嬉しかったです。余り時間が無いので、大事な事だけ書きますね。ご迷惑だとは思いますが……ノレッジ様、私は貴方の事が大好きでした。貴方はいつもいつも優しくしてくれたから。他の人は私の事を可哀想だと思うかもしれないですが、私は十分幸せでした。父も母も私を愛してくれて、ノレッジ様もいつも傍にいてくれたから。でも、私は自分の時間が残り僅かだって知っています。だから……感謝を伝えたくて手紙を書きました。本当にありがとうございました」 そんな馬鹿な!さっきまでは普通に話も出来たのに! 「ノレッジさん!俺と妻とノレッジさん宛てに一通ずつ手紙を書いてレンダーは!」 「わかりました!……僕が絶対助けます!」 僕は珍しく冷静さを欠いていた。何よりもレンダーを助けたい一心だったからだ!僕は消えつつある翼を開き、彼を抱えて家まで飛んだ。 「レンダー!今ノレッジさんが来てくれたから!」 僕は、彼女のいる部屋のベッドまで走った!すると…… 「レンダー……レンダー!」 レンダーの傍で泣きじゃくる母親……それもその筈だ。レンダーの吐血でベッドは真紅に染まり……彼女自身も意識を失い、微かに動いているだけだったのだから! 「レンダー!」 僕は彼女の手を強く握り締め、『治癒』の神術を使った。昔のように思うように神術を使う事は出来ないが、少しは効いてくれるはずだ! 「ゲホッ!ノレッジ様……お父さん、お母さん」 気管に溜まった血を吐き出し……レンダーは何とか意識を取り戻してくれた! 「良かった!」 皆が彼女に抱き付く。しかし…… 「……みんな……本当にありがとう。でも私は、もう生きられない。ノレッジ様……私には自分の命が間もなく……終わりを迎えるという事がわかります。今は……ゲホゲホッ……一時的に……戻っただけ」 そう言うと、彼女は再び意識を失ってしまった! 「僕は……絶対に君を死なせない!」 僕はその言葉と共に、レンダーに『停止』の神術をかけた。助ける方法を見つけるまでの時間稼ぎだ。……さっきからの『神術』の連続使用で体中が痛むが、今はそんな事を気にはしていられない! 「二人はそこでレンダーの傍にいてあげてください!」 「わかりました!」 そうして、僕は『聖石』を取り出した。『聖石』は、輝水晶でできており『神術』のエネルギーを蓄える事ができる。これはルナリート君の『転送』のエネルギーが蓄えられており、有事の際に使用するようにと僕とセルファス君達に支給されているものだ。聖石を使えば、人間でさえも『神術』を使う事が出来る。 「知識の街リナンへ!」 僕の姿が消え、景色が瞬時に塗り替えられリナンの中央図書館の前に到着した。すぐさま、僕は閉まっている門を叩く! 「リウォルの街を統治するノレッジです!開けて下さい!」 僕は無心に叫んだ!一刻の猶予もないからだ! 「これはこれは……ノレッジ様。こんな時間にどうされました?」 リナンを治める、ディクト氏が出てきてくれた。それなら話が早い! 「レンダーが危篤状態に陥りました!助ける方法を探しています!」 「何と!それは早く探さないといけません!私も手伝いましょう!いえ、集められるだけの者を集めます!」 こうして、ディクト氏の声で200名もの学者が集まった。人間界の知識、そして天界の知識が信じられないスピードで調査されていく。だが今は1秒ですら過ぎるのが憎い。そして、無限とも思えるような時間の果てに…… 「見つかりました!瀕死の人間、いえ死後すぐの人間ですら助けられる方法です!」 それを発見したのは学者の一人だった。僕とディクト氏はそれが書かれた本を食い入るように見た。 「……禁断神術『蘇生』か」 僕は背筋が凍るのを感じた。僕は……天界が現存し、『死の司官』だった頃ですら究極神術までしか使えなかった。そもそも、禁断神術は神であるエファロードのみに許された神術だ。今の僕は、恐らく高等神術を発動させるのも難しいだろう。神術はレベルが上がれば上がる程、肉体的及び精神的な消耗が激しい。でも! 「……やるしかない!」 ここで……ルナリート君にこの事を打ち明ければ……きっと簡単に蘇生を使ってくれるだろう。でも、愛する人ぐらいは自分で助けたい!これは僕の意地だ。 「ディクトさん、僕は今からリウォルに戻り……自分の命をかけて……禁断神術『蘇生』を使います。でも、発動出来なかった場合はルナリート君に助けを求めて欲しいんです。だから、一緒に来てくれませんか?」 僕は強い覚悟を込めた目でディクト氏をじっと見た。 「承知しました。行きましょう!」 彼は僕の考えを全て汲み取ってくれたようだ。 レンダーの家を出て約一時間、それでも気が遠くなるような長い時間の後に僕はディクト氏と共に禁断神術が描かれた本を持ち帰った。 「お待たせしました!皆さん、離れていてください!」 「ノレッジさん(様)!」 僕は、まず『停止』の神術を解いた。すると……再びレンダーが血を吐き出した!僕は彼女の手を握り締める。 「レンダー……もう大丈夫だから。僕を信じてくれ」 敬語など、どうでも良かった。僕は彼女を助けたい。今の僕を構成するのはそれだけの気持ちだ。 「禁断神術……蘇生(Resuscitation)!」 僕が術式を描いた瞬間!物凄い速度で力が奪われていくのを感じる!これが……禁断神術の反動!指先の感覚が消え……視界が狭まる!そして、体の奥底から激痛が走る。痛い!この痛みは精神が削れていく痛みだ!体も……心も……鈍い刃物でゆっくりと削られていくような激痛!だが……発動にはまだまだ力が足りない!このままだと……僕は死ぬんじゃないか? 「……ノレッジ様」 その時、消え行く視界と聴覚の中に再びレンダーの姿が映った!僕は……まだやれる! 「うわぁぁ!」 意識が光に溶けてゆく!これで僕は天使としての全ての力を失っても……構わない!いや……自分の命さえも!僕がそう思うと……心の奥底からまだ力が溢れてくる感覚があった。もう、五感は失っているというのに……そして……溢れてくる力が全て放出された後……僕は完全な闇の中に落ちていった。 | |
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