§番外編§

 

【リバレスとの出会い】

 

「シェルフィア」

 私は少し遠い目をしながら、誰よりも愛すべき女性に呼びかけた。

「ルナさん、どうしたの?」

 私達は今寝室にいる。夕刻の時間、窓から見える景色は茜色に染まっている。200年前とは比べ物にならない程発展した街、空と雲……そして人々も穏やかな夕闇に包まれていた。そんな風景を私と共に眺めていたシェルフィアは、視線を私に移した。ここは、フィグリル城。神である父との戦いが終わった数ヵ月後の事だ。

「……リバレスの事を思い出したんだ」

 私は、シェルフィアの顔を優しい目で見つめた。

「リバレスさん、今、私達がここにいられるのも皇帝とリバレスさんのお陰。……そう言えば、私はリバレスさんの事あんまり知らないわ。教えて欲しいな」

 シェルフィアは、私の手を握った。フィーネだった時から、何かお願いをする時は手を握る。昔から変わらないその仕草に、私は愛おしさを感じる。しかし……今こうして彼女と共に生きていられるのは掛け替えの無いものを失ったからだ。私は少しずつ……今にも笑い声が聞こえてきそうなリバレスの事を思い出していった。

 

 

〜今から424年前〜

 ここは天界、私は現在1602歳だ。ハルメスさんがいなくなってしまった後、私は1000歳の誕生日に天使学校に入学した。今は午前8時、いつも通りジュディアが迎えに来る時間だ。

「ルナー!学校に行くわよ!」

 ほとんど寸分の狂い無く彼女は迎えに来た。私も既に準備は出来ている。

「わかった!今行くよ」

 この日も、602年間変わらない退屈な授業だった。私は、入学してから常にトップの成績を保ち続けている。それは、私が物事を覚えようとすれば一度で覚えられる事もあったが、何よりもハルメスさんがいなくった後私がこの天界を変える事を決意したからだ。この天界を変えるには、最高の成績を修めて神官となる事が最短の道だと思っている。

 

 午後8時、授業の終わりと共に少しばかりの自由な時が訪れた。10時までに部屋に戻ればいい。私とジュディア、セルファスとノレッジは噴水前に集合した。

「さて、今日はどうする!?」

 相変わらず元気なセルファスが皆に問いかける。短い自由時間だ、出来る事は限られているが少しでも羽を伸ばしたい。皆そう思っている。

「そうだな、久々に森に行くのはどうだ?」

 私はそう言った。森は心が和む。自然は、束縛された私達の心とは無関係にいつも悠然と生きているからだ。

「私はその意見に賛成よ」

「僕も、それでいいですよ」

 ジュディアとノレッジは同時に答えた。昔から、私達は森でよく遊んでいた。かくれんぼをしたり、神術比べをしたり……

「よし!じゃあ、森に向けて出発!」

 セルファスの掛け声と共に私達は翼を開く。空を飛べる貴重な時間、私を含め皆この瞬間が大好きだ。束の間の自由を噛み締めながら、数分後に森に到着した。

 そこで、まずは神術比べをした。この時点で私とジュディアは高等神術をかなり使いこなせていた。ノレッジもそれに続き、最近になって高等神術を使えるようになってきていたが、セルファスはまだまだ中級神術も完全には使えなかった。だが、セルファスの『雷系』の中級神術だけは高等神術に並ぶ程だった。

 私が得意なのは、威力の高い炎の神術。ジュディアは、微細なコントロールの出来る氷の神術。ノレッジは拘束系、セルファスは雷系というように皆それぞれに得意分野が出来つつあった。神術比べの後、私達4人は空を見上げていた。

「空は自由でいいな」

 私が呟く。

「そうだな、俺もテストさえ無かったら毎日が楽なのにな!」

 セルファスが頭を抱える。相変わらず大袈裟な奴だ。

「私は、天界にもっと優秀な天使が多ければ皆幸せになれると思うわ」

 ジュディアは視線を空から、私に向けてそう言った。セルファスは、ドキッとしたようにジュディアの方を向く。

「僕も優秀な者だけがこの天界にいれば、皆の悩みも軽減されるような気がしますね」

 ノレッジもジュディアの意見に同調する。

「私はそうは思わないな……確かに、優秀な者だけがいればいいという考えもわからないではない。でも、テストや勉強だけで天使達の価値なんて測れはしないよ。皆に等しく、未来に対する自由があれば……と私は思うんだ」

 その後なかなか皆の意見は合わなかったが、皆は昔からの友人。結局は、論争など忘れて楽しく語っていた。

「お!そろそろ時間だぜ!」

 時刻は9時30分。余裕を見て、そろそろ帰らなければいけない。私達が帰路に就こうとしたその時だった。

 

「うわぁぁー……ん!」

 

 小さい子供、いや生まれたばかりの子供の泣き声に似ていた!

「行こう!」

 私達は、声の聞こえる茂みの方に走る!

「天翼獣!」

 ジュディアが叫ぶ。そう、そこには妖精のような……蝶のような姿をした小さな小さな天翼獣がいた。その傍らには、既に死亡していると思われる親の天翼獣……恐らく、この子供を生む時に死んでしまったのだろう。私も、親の命と引き換えに私が生まれたと聞いている。私達は同じ境遇……そう思うと、この天翼獣に何ともいいようの無い程の共感が生まれたのだった。

「うわぁぁー……ん!」

 さっきよりも泣き声が弱々しい……私は無言でその子供の天翼獣を掌に抱いた。

「ルナ!?どうする気なの!?親のいない天翼獣には、天使は関与してはいけないのよ!」

 ジュディアが叫ぶ。しかし、私は答えた。

「連れて帰る。生まれた時から親のいない悲しみがわかるか?この子は、私と同じ独りぼっちで生まれてきたんだ!」

 すると、皆は目を伏せた。皆には家族がある。私の事はわかってくれていても、この悲しみはわからないだろう。

「でも、ルナリート君!法律で、天翼獣と暮らす際には『天翼獣が50歳以上で、尚且つ言語能力を持ち天使の生活に適合出来る事が絶対条件』なんですよ!神官ハーツ様に厳しく罰せられます!」

 ノレッジは叫んだ。勿論知っている、その法律を……

「でもな!この子は、一人では生きていけない!ここで見捨てたら死んでしまう!」

 私はどうしても、この子を見捨てる事など出来なかった。生まれた瞬間から否定される存在など悲し過ぎる!

「ルナ!お前の言いたい事はよくわかったぜ……それなら、明日無理を承知の上で神官に頼んでみろよ。お前の成績なら、あの神官も許してくれるかもしれないぜ」

 的を射た意見だ。セルファスは人情家だが、こういう時には的確な事を考えつく能力を持っている。

「セルファス、ありがとう!そうするよ」

 こうして親の天翼獣を手厚く埋葬した後に、私は生まれたばかりの天翼獣の子供を部屋に連れて帰った。まだ体の大きさは5cm程度だったが、少しでも元気をつけさせる為に私が今日摂取する分のESGを与えた。そして、水で体を洗った後に布で作った即席の服を着せた。すると、この子は安心したのか眠ってしまったので私も眠りに就くのだった。

 

 そう、これがリバレスとの最初の出会いだった。

 

〜翌日〜

 次の日の早朝、私はいつもより早く目覚めた。ハルメスさんに貰った銀の懐中時計が午前6時を告げている。

「大丈夫か?私がお前の世話を見られるように頼んでくるからな」

 私は目覚めた次の瞬間に、言葉を喋る事は愚か名前すらない天翼獣の子供の頭を撫でながら呟いた。

「ん」

 寝言のように音を発したこの子は女の子だ。生まれたばかりの無垢な顔で穏やかに眠っている。

「何も心配せずに、しばらく眠っていてくれよ」

 私はこの子に微笑んだ。笑うのは久し振りだ……ハルメスさんが私の前から姿を消してから……そして無意味と思える学校が始まってからは、笑う機会が減ってしまったからだ。しかし、今の私はこの子を救いたい一心だ。そうする事で、私自身の心も救われるような気がするからだ。

 服を着替え、窓際で育つルナ草に水をやり部屋を出たのはまだ7時前だった。

「これで良し」

 私は部屋のドアの前にメモ書きを置いた。それはいつも迎えに来るジュディアに向けてのメッセージで、先に行くという内容のものだった。

 

 午前7時半、私は学校内の神官ハーツ専用の部屋の前にいた。本来ならば、神官であるハーツには『様』を付けるのが妥当なのだが、私は彼を深く憎んでいる。幼い私からハルメスさんを奪った彼を!ハルメスさんと言い合っていた言葉の意味は当時はわからなかったが、彼の所為でハルメスさんがいなくなったのは間違いない。

「コンコンコン」

 私は息を整えてドアをノックした。やはり、天界最高の権力者……そして裁きを実行する者の前では緊張する。

「誰ですか?こんな時間に?」

 眠そうな顔はしているが、冷たく鋭い目をしたハーツが私の前に現れた。

「天使ルナリートです!本日はお願いがあって参りました!」

 私は、深々と頭を下げながら声を張り上げた。彼には、最上級の礼儀を尽くさなければならない。

「おや、君は天界始まって以来の天才、ルナリート君ではありませんか。君が私に願い事とは一体どうしたのです?」

 彼は私の成績及び授業態度に対して天才だと思っている。決して、私自身の人格を見ているわけでは無い。そんな神官ハーツに私は部屋に招かれた。豪壮な部屋だ……壁は全て大理石、机はオリハルコン……ソファに至っては、何らかの動物の毛皮で出来ていた。そして、彼の権威と力の象徴である『杖』には様々な宝石があしらわれている。神術のエネルギーを増幅させる力があるらしい。天界に殆ど存在し得ないその杖は全て彼の部屋にあった。

 

「なるほど……君は親のいない天翼獣を救いたいと。それが法律に違反すると知りながら」

 事の顛末を聞いたハーツの表情が変わる事はなかった。彼にとって天翼獣の命などどうでもいい……という事か。

「私は何でもします!だから、どうかお願いします!」

 私は机に額を押し付けた。このままでは、生まれながらに頼るべき者を失った彼女を救えない!

「普通は絶対に不可能です。しかし……君程優秀な天使がそこまでする覚悟があるのなら……方法が無い事もありません」

 神官は冷笑を浮かべた。その裏には何が隠されているかはわからない。しかし、方法があるのならば私は何だってする!

「その方法を教えてください!」

 私は椅子を立ち上がり、ソファでくつろぐハーツに近付いた。

「それは、『虹の輝水晶』を手にいれる事です。虹の輝水晶は、神術のエネルギーを最大限に高める宝石。天界にはごく微量しか存在しておらず、私でさえそれを所持していません。それがあれば、『天界を守る』私の力を高める事が出来ます。それは皆にとって最上級の幸せとなるでしょう」

 ハーツはそう言い放った。『天界を守る』……神官ハーツが?罪の無い天使達に厳罰を与える者が……そんな者の力を増幅させる宝石を私が手に入れろと言うのか?しかし……あの子の命は掛け替えの無いものだ。それを見捨てる事は、命を軽んじる神官と変わらないじゃないか……しばらく私が考え込んでいると……

「さぁ、どうするのです!?私は忙しいのです!答が無いのならば、それはノーと取りますよ!」

 少しの沈黙に苛立ったハーツが私を睨む。彼は自分の思い通りにならない事が何よりも嫌いだ。

「……やります!この身を尽くして、『虹の輝水晶』を神官ハーツ様に献上します」

 私は必死の思いでそう言った。あの子を救いたい……その思いの強さがあったからだ。

 すると……

「よろしい。それでこそ私の見込んだ天使です。早速ですが、『虹の輝水晶』の入手方法を教えましょう」

 醜い笑みが浮かんでいた。全ては、自分の思い通り……その欲望を満たした顔だ。

「お願いします」

 私は短くそう返答した。余り長時間ハーツと話はしたくない。

「『光の山』を知っていますね?ここから森を抜けて、『封印の間』を越えた所にそびえる山です。その山頂には、『白い聖獣』がいて『虹の輝水晶』を守っているようです。元々、虹の輝水晶は天使の持ち物。それを、白い聖獣から取り戻して欲しいのです。決行は……そうですねぇ。本日の授業終了から、明日の授業開始まで。それまでに私に宝石を渡せたら、『天翼獣の子供の養育』を認めましょう」

 言っている事が滅茶苦茶だ……聖獣は、天使よりも圧倒的に強い力を持つ者。そして、光の山の番人……そんな『強大な者』から、宝石を奪え。彼はそう言っているのだ。欲しい物が手に入れば、私の命などどうでもいいのか?それとも、無理を言って私を諦めさせるつもりなのか?どっちに転んでも、彼にとって不利益は無い。そういう事なのだろう。しかし、

「……確かに約束しましたよ」

 私はそう強く言い切った。その瞬間、彼の表情は驚きに変わったがすぐにまた元の非情な顔に戻る。

「約束です。今日は夜の外出と、特別に『オリハルコンの剣』の帯剣許可を与えましょう。但し危険が伴う為、一人で行くように。また、友人らにはこの事は口外しないように。宜しいですね?」

 友人にも口外させない。それは、どこかハーツには後ろめたさがあるからだろう。結局は、自分の欲の為だと言っている事の証明のようなものだ。しかし、どの道私は友を危険に晒すつもりはない。

「わかりました。それでは失礼します」

 私は、最後に一言そう言ってハーツの部屋を出た。

 

 この日の授業は、全く耳に入らずセルファス達との会話も上の空だった。そんな様子をジュディアは心配そうだったが、話をする事は許されない。私は授業が終わると同時に、一人で真っ直ぐ部屋に戻ったのだった。

 

〜白い聖獣〜

「うわぁぁー……ん!」

 部屋に戻ると、天翼獣の子供は泣いていた。私は急いでESGを与えたが泣き止まない。しかし、約束の時は刻一刻の迫ってくる。早く用意をしなければ……私は、オリハルコンの剣とESG、そしてお守り代わりにハルメスさんに貰った時計と本を持った。

「うわぁぁー……ん!」

 ……さっきよりも大きい泣き声。私は困った。すると……

「ガチャ」

 私の部屋のドアが開いた。

「全く、ルナリート君は何でも一人で抱えようとするから」

「その子は私達が見ているから、行っても大丈夫よ」

 何と、ノレッジとジュディアだった!二人は私と同じく、天使学校の特待生宿舎に住んでいる。しかし……何故?

「……私は何も話していないのに?」

 私は思った事をそのまま口に出した。

「ルナ、あなたの表情を見れば誰だってわかるわよ。何処に行くのかわからないのが心配だけど、気をつけて行ってね!」

「ルナリート君、無事を祈ってます」

 私はこの時、友人という存在の有り難さをヒシヒシと感じた……

「あぁ、行ってくる!」

 私は駆け出した。特待生は、神殿の3階に住んでいる。一気に階段を駆け下り、神殿を出ようとしたその時……

「ルナ!頑張れよ!」

 セルファスまで私を待っていた。私は彼に手を振って『光の山』を目指したのだった。

 

 午後10時までは飛行を続け、現在は歩いている。一体どれだけ歩いただろうか?時刻は深夜12時になろうとしていた。ここは『光の山』の山頂へと向かう道。月と星の明かりだけで、私は険しい山道の歩を進める。一部には木々が生えているが、ほとんどは進みにくい岩場が続く。翌日の授業開始まで残り9時間、私は焦っていた。

「まだ山頂が見えない。一体何処まで続くんだ?」

 私は情けない独り言を呟いた。空を飛べば早いだろうが、夜10時以降の外出許可はあっても飛行許可はない。その点を神官に指摘されると後々で厄介な事になる。そういった理由で私は空を飛ばずに、唯ひたすら早足で歩いた。

 

 午前1時。天界では考えられない程の冷え込みを見せる山頂に到着した。地上から数千mぐらいは離れているだろう。周りには何も無く、私は遠くを見ていた。その時だった!

「ゴォォ!」

 目の前を真っ赤な炎が包む!私は咄嗟に避けながら地面を転がった!

「誰だ!」

 私は体を起こしながらオリハルコンの剣を抜く!

「今の攻撃を避けるとは、並の天使ではないようだな」

 声のする方……私は空を見上げた!すると……全身が真っ白に光り輝く鳥のような姿をした者がいた。私は直感する!

「白い聖獣!」

 私がそう叫ぶと、その者は地面に降りてきた。

「その通りだ、天使の少年よ。この場所に何の用だ?」

 白い聖獣は私を睨みつけた。その眼光からは何者も逃れられないだろう。私は思わず身震いする。そして、圧倒的力を物語る威圧感が私の体を押さえつけていた。嘘と不誠実が通じる相手ではない事が私にはわかった。

「私は、生まれたばかりの天翼獣を救う為の代償として、神官から『虹の輝水晶』を取ってくるように命じられました!『虹の輝水晶』は貴方が持つものだと聞いています!それを私に」

 そこまで言った瞬間だった!

「愚かな!天使が『虹の輝水晶』を扱うなど!傲慢にも程がある!その宝石は、我が『神』より預かりし物である!」

 白い聖獣は叫びながら飛び上がった!そして、さらに強い光に包まれる!

「待って下さい!」

 このままでは、怒れる聖獣に殺されてしまう!その前に私はこんな形で戦いたくは無い!

「問答は無用だ、小僧!自分が正しいと言うのならば力で証明するがいい!……高等神術『光刃』!」

「パキキキキキキキィィー!」

 光の刃が私を取り囲む!何もしなければ……死ぬ!

「ゴォォオォォ!」

 私は刹那の瞬間に意識を集中し、体の周りを高等神術『滅炎』で覆っていた!

「やるではないか。そこまでの炎、その年で扱える者は他にはいまい……我の刃を掻き消すとはな。だが、どの道その程度ではお前はここで死ぬ。『虹の輝水晶』は、いずれ『神』にお返しすべき物……それを、天使に渡す事は出来ぬ!」

 聖獣は耳が張り避けそうな甲高い声を上げた……『神』?私はそんな存在など信じてはいないが……だが、このままでは無事に帰る事も出来ない。私は、仕方なく戦う覚悟をした!

「貴方が私を殺すというのならば、私は戦う!もし……私が勝てば、『虹の輝水晶』は頂きますよ!」

 私は、今まで実戦で戦った事はない。全ては授業での『戦闘実技』のみ……だが、聖獣の力は恐らく私の全力を上回る。私は、授業で一度も本気を出した事が無い。だからこそ、私は全力の力を解放して戦う!戦う理由は、悲しく生まれた。私と似ている境遇の子供を救う為……そして、何もしなければ殺されるという不条理は一つの生命として許せないからだ。

「天使にしてはよい心意気だ……だが、それは決して叶わぬ!受けるがよい……究極という名の炎を!」

 

「……究極神術『火光』!」

 

 何と言う絶大な力!聖獣の嘴に集る光と炎の力は!神官ハーツの『魂砕断』に匹敵……いや上回る!

「ゴゴゴゴゴゴゴゴォォ!」

 地面が振動する!空が赤く……そして白く染まる!私は精神を集中し叫んだ!

「うぉぉ!」

 何も考えられない!私は、ただ無我夢中で精神力を神術のエネルギーに変換した!

 

「ピカッ!」

 

「ドゴォォオォォー……ン!」

 

 ……一体何が起きたんだ?私は、生きている。恐る恐る目を開ける。すると!

「見事……(まさか、『神光』を使うとは)」

 何と、片翼……いや半身を失った聖獣が目の前に倒れていた!

「私は一体?」

 私は聖獣に駆け寄る!私は、ここまで傷付けるつもりは無かった!

「お前は……いや……貴方様は、これから先の天界を確実に担う者となるでしょう……これをお受け取り下さい」

 息も絶え絶えな聖獣の態度が急に変わった。一体何故?

「何故?急に私にそれを!?」

 私は聖獣に『治癒』の神術を使う!しかし!

「我……否、私の役目はこれで果たされました。これは貴方様が持つべき物……私がここで消えるのは、貴方様の所為では無く宿命……どうかお嘆きにならぬよう」

 言っている意味がわからない!まるで、初めからこの宝石は私の持ち物だったというような言い方だ!

「待ってくれ!死なないでくれ!」

 私は自然と涙が流れた。まるで、この聖獣とは昔からの知り合いだったかのような思いだった。

「……昔……神から頂いた私の名は……『リバレート・ホワイトフェザーズ』……貴方様は、いずれこの名を思い出すでしょう」

 

「(貴方様は……神の血を受け継ぐ者なのですから)」

 

 そう言って……白い聖獣は自らの意思で砂のように消えていった。『虹の輝水晶』を私に託して……

 

〜224年後〜

「それで、わたしの名前が『リバレス・シルバーフェザーズ』って名前になったのねー」

 私のベッドの枕元に座っているリバレスが感慨深く呟いた。

「あぁ、結局白い聖獣が私に伝えたかった事はまだわからないままだがな」

 あれから224年が過ぎたが、私には『リバレート・ホワイトフェザーズ』という名前を理解出来る事は無かった。だが、リバレスが今もこうして生きていられるのは聖獣のお陰だ……聖獣は、あの時……私とリバレスの為に……生きる事をやめたのだ。

「わたしは……ルナと聖獣さんにとても感謝してるわー。本当は、わたしの命が無くならなければならなかったのに……今もこうして、ルナと一緒に楽しく生きていられるから」

 リバレスは私の肩に乗って微笑んだ。私はその頭をゆっくりと撫でる。

「私はほとんど何もしてないけどな……聖獣には感謝しないとな」

 私は灯りを消して寝る準備をした。窓の外には星明かり……そして、ルナ草が揺れていた。

「……わたしは、ルナにとっても感謝してるのよー!」

 リバレスは私の頭を軽く叩いた。私は、そこまで感謝されるような事はしていない。唯、生まれた瞬間から消える命を見過ごす事など出来なかったし、そんな事をする自分が許せないと思ったからだ。しかし……言い合っても仕方ないな。

「はいはい、わかったから、もう休もう」

 私はリバレスの額を指で小突く。すると……

「もー!ちっともわかってないんだからー!」

 リバレスは膨れっ面をして、私の枕元にある就寝スペースに入った。

 

「……(もし、ルナに不幸が起きて……わたしがそれを助けられるのなら、喜んでこの身を差し出すからねー)」

 

 リバレスが何かを囁いたような気がした。

「ん?何か言ったか?」

「何も言ってないわよー!おやすみー!」

 こうして、私達はゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 翌朝……

「ドンドンドン!」

 ドアを激しく叩く音……一体何事だ!?

「ルナ!聖歌隊の隊長のクロムさんが捕まったのよ!今日裁判があるらしいわ!」

 ジュディアの叫び声だった。クロムさんが!一体何故!?

 

 

 この日、学校の授業の終了と共に
神官ハーツの狂気染みた裁判が開始する。

 

 

§番外編§

 

【リバレスとの出会い】

 

- 完 -

 

 

 

 

目次 フィーネの心