「懐かしいわねー」

 ここは……『封印の間』の門前の噴水……かつて、セルファスとこの場所まで競争した事がある。そういえば、この事件がきっかけで私は神官と対立する事になったんだな。そして、遠くには神殿が見えた。生まれてから天界を去るまで暮らしていた神殿……

 その故郷は夕焼け雲に覆われて、雄々しくそびえたっている。さらに、鏡のように磨かれた大理石が紅い光を反射して……まるで私の帰郷を喜んでくれているような気がした。

「ここが……ルナさんとリバレスの故郷……とても綺麗な世界ですね」

 完璧な直線で構成された建造物……道……そして、森さえも狂いなく整えられている。

「まさか、こんな形で戻ってくるとは思わなかったよ……でも、この場所に長居すれば他の天使に見つかる可能性がある。私達は敵と思われているんだ。目的を遂げる為に……急ごう!」

 シェルフィアとリバレスは遠い景色を眺めていたが、私の言葉を聞いて封印の間への道を急いだ。

 門を開け、中庭を走りぬけ……封印の間のすぐ傍まで来た時、この場所には不釣合いな景色に私達は足を止めた。

「可愛らしい花が咲き誇ってますね」

 シェルフィアはしゃがみこみ、一面に咲く花を見つめた。どこまでも真っ白に咲き乱れる花達を……

「この花は」

 私はこの花に見覚えがあった。そう、私が天界に住んでいた頃、部屋で育てていた花と同じ種類の花だ……

「ルナ草ねー」

 そう、この花の名は『ルナ草』だ。花が咲き始めるのは必ず満月の夜だからそう名づけられた。

 そうして私達がしばらく花を見ていると、どこからともなく聞いた事の無い声が響いた。暖かく、穏やかなそよ風のような声。

「(ルナリート様……お久し振りです)」

 頭の中に直接響く声……転送の神術と似ているが少し違う。私達は、声がする方に近付いた。すると!

「お前は……まさか、私が天界を去る前夜に窓から飛ばしたルナ草か!?」

 一際大きく、そして誇らしげに咲き揺れるルナ草に私は問いかける。

「(はい、その通りです。あなたのお帰りを心待ちにしておりました。見て下さい……この花達を……みんな私の子供なのです)」

 そういう事か……私はこのルナ草を『保護』の神術で守りながら飛ばした。その後の200年の間に根を張り、実を結び、種を飛ばし……こんなに広大な花畑に変わったのだろう。それにしても……植物が意識を持つのは天界でもごく稀な事だ。10000年に一度の奇跡と言える。

「そうか……良かったな。これからも元気に花を咲かせるんだぞ。私達は先を急ぐ……話は後にしてくれ」

 私は嬉しかったが、今はそれどころではない。神術で水を作り出して、このルナ草に注いだ後に走り出す。だが!?

「(お待ち下さい!私が……ここでお待ちしていたのは、あなたの力になる為です!)」

 ルナ草がそう言った瞬間……光で出来た眩い剣へと姿を変えたのだ!

「お前は……一体!?」

 私はその剣に近付き、そう話しかけた……

「(私の魂……『神剣ルナリート』として捧げましょう……この先で必ずお役に立ちます!)」

 神剣……魂を剣に変えたもの。しかもそれを使う者は、エファロードであり……なおかつ神剣の魂は、そのエファロードを深く信頼していなければならない。だが、それを手にすればどんな剣よりも強大な力を使う事が出来る。その理由は、オリハルコンの剣が精神力の一部を破壊力に変換出来るのに対して、神剣は精神力を注ぎこむ分だけそれが破壊力に比例するからだ。

「……お前も私と共に戦ってくれるんだな!ありがとう!」

 私は神剣ルナリートを手にした。途方も無い力が剣を持つ手に溢れる!今ならどんな武器にも負けないだろう!そんな事を考えていたその時!

「ルナさん、空に不気味な月が!」

 私達は一斉に空を見上げた。すると……まるで鮮血を思わせるような満月が浮かんでいた!今日は『レッドムーン』の日!?約100年周期で訪れるその日は昔から不吉とされる。まさか、天界でもう一度この月を拝む事になろうとは……

「シェルフィアー、あの月は大丈夫よー!何の害も無いわー」

 そこでリバレスがシェルフィアを安心させる為に答える。確かにその通りだ。

 私達は、紅い月を背に『封印の間』の扉を開けた!『封印の間』は全てがオリハルコンで作られ、外観は小さな塔だが内部は空間そのものが湾曲しており無限の広さを持つ……これは、私のエファロードとしての記憶が知っている事だ。

 

 

目次 続き