〜審判の日までに〜

「さぁ、今日の良き日を祝おう!ルナリート、シェルフィアに……そして、人間界に乾杯!」

「乾杯!」

 兄さんの掛け声と共に祝宴は始まった。今日は、城の兵や侍女達……そして、招かれた街の人間まで一緒になった大宴会だ。リバレスも、もう姿を隠さない。もう、人間達に私達の事を隠す必要が無いのだ。共に戦う仲間なのだから……

「ルナさんっ、どうですか?私が頑張って作った料理?」

 シェルフィアは、手を合わせて祈るように私に聞いてきた。

「うん、とても美味しいよ。これなら、戦いが終わった後の毎日の食事がすごく楽しみだよ!」

 私の正直な感想だ。こんな料理を毎日食べれるだけでも幸せだ。何より、大好きなシェルフィアが作るのだから。

「わぁ、嬉しいです!ずっと、美味しいものを作り続けますからね!」

 人目も気にせず、彼女は私の腕に抱きついた。よっぽど嬉しかったのだろう。指輪を渡してから、シェルフィアはずっとこんな様子だ。料理も食べ終わり、会場にいた人間はほとんど帰って行った。しかし、私とシェルフィアは話に夢中でその様子に気付いていなかった。

「ゴホンッ、そろそろこれからについて話そうか?」

 そんな私達の様子を見兼ねた兄さんはわざと咳をした。私達はすぐに離れて、俯いた。その頃には、私達4人しかいなかった。

「聞く準備はいいみたいだな。これから先3ヶ月……いや、正確には残り80日後に計画が実行に移される。ノレッジから聞いた話だが、恐らく誤差はないだろう。だが、万一の場合を考えてこちらが手を打つのは70日後とする」

 兄さんは落ち着いた様子で、冷静に話し始めた。私も平静を取り戻し、兄さんの目を見据える。

「実際には2ヶ月ちょっとしか猶予が無いんですねー」

 そこでリバレスが言葉を挟んだ。確かに彼女の言う通りだ。

「そういう事になるな。その70日間、俺達が出来る事は決まっている。まず、俺は人間達を指導し力を付けさせる。リウォルとの和平が成った今、俺は出来る限りの力を以って人間を一つにまとめなければならない。そしてルナ、シェルフィア、リバレス君は更に力を付けて欲しい。その為に……リバレス君をトレーニングした施設に行くといい」

 私達は……この70日間トレーニングするだけなのか?

「兄さん、本当にそれだけでいいのですか!?」

 私は聞かずにはいられなかった。他にすべき事もあるだろう?

「ああ、それだけだ。他に何が出来る?今、人間界にいる少数の魔を倒すのか?それもいいかもしれない。だが、その程度の魔と人間が戦えないようなら……人間界に未来はない。それより、お前達が力を付けるのにはちゃんと理由がある」

 兄さんの言う事は理解出来る。でも、今人間が襲われる事も見過ごせはしないだろう?私はそう思ったが、話を最後まで聞く事にした。

「その理由とは?」

 シェルフィアが深呼吸して訊く。恐らく、話の重さに緊張しているのだろう。

「70日後の為だ。70日後……お前達3人には『天界』に向かってもらう」

 私達が天界!?一体なぜ!?私には天界に戻る資格などありはしない!

「ルナ、お前の言いたい事はよくわかる。天使の指輪は無いからな……だが、それは問題じゃない。指輪を失った天使が天界に戻れないのは、天界の入り口に強力な結界が張られているためだ。しかし、お前が力を使えば結界の一部を破る事など容易い事なんだ。それに、俺達はエファロード……現在の神シェドロットの子だ。神に会って考えを変えさせられるとしたら、間違いなく俺達しかいない」

 そういう事か……だがそんな大役を私が?

「話を続けるぜ。力をつけるのは、『贖罪の塔』を上るために必要だからだ。贖罪の塔は人間界と天界を結ぶ塔……俺達の内どちらかがそれを使って天界に向かうのは、予測されている事だろう。間違いなく塔には力を持った天使が配備される。エファロードを止める為に配備されるんだ。並大抵の天使じゃない事は容易に想像がつく」

 私は、そこでどうしても言いたい事があって口を挟む。

「……『転送』を使えばいいのでは?」

 転送を使えば、不要な争いは避けられるはずだからだ。

「確かにな。それが出来れば一番手っ取り早い……だが、天界の構造を説明すれば納得がいくだろう。天界は、神の力によって生まれ維持され続ける巨大なエネルギーの塊だ。その上を雲や大理石が覆っている。その外を結界が覆い、さらに『力を無効にする膜』に包まれているんだ。だから、転送で天界内部に入る事は不可能だ」

 力を無効に!?そういえば、かつて私の力が神によって消された事がある。神官ハーツと対峙した時に。

「だから、贖罪の塔を上らなければならないと……そこで、先に進む力をつける為に70日間トレーニングをするという事ですね?」

 私は理解した事を確認する為に訊いた。

「その通りだ。だがルナ、お前がトレーニングをするのは最悪の場合を想定してだ」

 兄さんがそこで一呼吸置く……大体想像がつくが、そうならない事を願わずにはいられない。

「神に説得するために必要とされるかもしれない力の事でしょう?」

 私は目を閉じて訊いた。覚悟は出来ているが……

「そうだな。獄界との和平の為の策を変えさせるんだ。一筋縄ではいかないだろうからな。そして……お前達にそこまでさせる俺の役割を話そう。お前達が天界の相手をするのと同じように……俺は獄界の相手をする。獄界に考えを改めさせる事は不可能だ。計画は、神が提示したものなのだからな……俺は、ルナが通った『獄界への道』を完全に破壊するつもりだ」

 ここで兄さんはとんでもない事を言い出した!

「それは不可能です!私は、一度行ってわかっています!あの塔は太古から強力な神術で守られています!それに、3000階にもわたる規模……傷はつけられても破壊は絶対に無理です!」

 私は叫んだ!不可能な事は私が一番良く知っているからだ。

「お前達も無茶な事をやるんだ。兄である俺が逃げてどうする?俺の役目は、人間界に現れるだろう魔の大軍と戦い……その通路である塔を破壊する事だ。それでも、俺は全てを防ぎきる事は難しいだろう。俺の守りをすり抜けた魔を人間が倒すんだ。もうそれしかないんだ」

 兄さんは本気だった。命を懸ける覚悟だ……まるで、私が獄界に乗り込んだように……

「皇帝……あなたはたった一人で戦うのですか?」

 そこでシェルフィアが心配そうに尋ねる。

「いや、俺は戦う場所が違うだけだ。俺達4人……そして、人間達全員で戦うんだ!」

 兄さんの言葉に思わず胸が熱くなった。確かに兄さんの言う通りだ。唯一……他に手段があるとすれば、今すぐ天界に行き計画を止めさせる事だが……力が足りなければ、神と話をする事など出来ない。今の私は限界で獄王の力の10%と対等だった程度だ……私の中にあるエファロードとしての記憶の破片が告げている。このままでは、神と話をする事も出来ないと……

「やりましょう!」

 私達3人が声を揃えた。70日間兄さんの言う通りにしてみよう!強くなって……天界に行く!

 私達は手を重ねた。もう泣いても笑っても70日……全力を尽くすしかない!

 ……それから、トレーニングの日々が始まった。ある島に行き、そこにある施設で戦闘トレーニングと、生命力を上げる為の装置で眠った。それらは兄さんの神術で作られた物で、戦闘用に作られた無数の神術人形と戦う。それらの全てが上級魔よりも強力な力を持っているのだ。これで、主にシェルフィアの戦闘能力が上がっていった。もう一つの生命力を上昇させる装置……これは、S.U.N(太陽)の光をエネルギーに変換して体内に取り込むものだった。確かに、これで生命力は上昇するが……私には何故かこれに見覚えがあった。かつて……私はこれと同じような物に対して嫌悪感を抱いていた。恐らく、これはエファロードとしての記憶だろう。

 一週間に一度は休息を取った。勿論、シェルフィアと共に……それは、兄さんにも了承を得た事だ。恋人としての時間が少しでも欲しかったからだ。それがあるから、戦う力と心が沸いてくる。先に待つ未来の為に戦えるんだ!

 こうして……70日間で、私達の力は大幅に上がった。リバレスとシェルフィアに至っては、私がエファロード第1段階の時に引けをとらない程に成長した。私は、苦労したが、獄王の影と戦った時よりも大きな力を操れるようになった。

 決戦の前夜……私達は、フィグリル城に集う……とても静かで優しい夜だった。決して忘れない。

 

 

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