§第三章 獄界§

【第一節 歩むべきは荊の道】

 

 俺は今……リバレスと共に獄界への道、通称死者の口の入り口に立っている。周りは火山の跡のようで切り立った岩で囲まれている。入り口は、リウォルタワーと同じようにオリハルコンの扉……だが、その扉は開かれている。もう引き返せはしない。行こう。

「リバレス、準備はいいか?」

 俺は、肩の上に乗っているリバレスに問いかけた。

「うん、行きましょー!」

 俺達は、意を決して扉の奥へと歩を進めた。

「これは!」

 俺は、内部の様子に驚いた。見たことも無い古い作り……内部は円形で、半径が20m程で高さが10m程の広い作り……また、リウォルタワーや、天界のどの建物よりも古い……だが、大理石の壁……いや、塔全体が強力な結界で保護されており朽ちる様子は無い。恐らく……20億年前に、天界、中界、獄界に世界が分割した時から存在するのだろうが。彫刻は、宇宙の星々を象ったもの……そして、海や大地に生い茂る木々などの彫刻が多かった。さらに、壁には灯火が整然と並んでおり、今も神術か魔術かの力でゆらゆらと燃えている。俺は、その無限の力に眩暈すら覚えた。

「ルナー、あれは?」

 俺が驚いているのを余所に、リバレスは中央に光を模した彫像の下に輝くオリハルコンのレリーフを見つけた。

「これは……古い文字だな。輝水晶の遺跡よりも」

 こんな文字は、今だかつて見た事がない。しかし、俺の真紅の目がそれを眺めていると、何故か意味が理解できた。その感覚は、意識がエファロードに支配されていたジュディアとの戦いの時に似ていた。ジュディア、その名を思い出すだけで殺意さえ覚える。もし俺が、次に奴に出会ったら容赦はしないだろう。しかし……今はフィーネを救うのが第一だ。その他を考えるのは後だ……

『ここは……封印されし塔の3000階……中界に通じる扉……獄界に生まれし者は開けるべからず』

 何という事だ……やはり、この塔は20億年前に神と獄王の争いの結果生まれたもの!そして、下には3000階もの階段が続くのか!?さらに、人間界への扉はかつては封印されていて平和が保たれていた。そう、神が天界の維持の代償に人間を中界に置くまでは……俺は歴史の深さに身震いした。その時!

「貴様は!?堕天使ルナリート!探す手間が省けたようだな」

 階段を登って来た魔!それも、強大な力を持った魔が俺の前に立ち塞がったのだ!

「(リバレス、指輪に変化しろ!そのままの姿でいると、すぐに殺される!神術のサポートを頼む!)」

 俺は、リバレスが魔に狙われる前に彼女にそう促した。

「わかったー!」

 瞬時に、リバレスは指輪に変化した。彼女には、『保護』や『治癒』などで助けてもらうのだ。

「俺様の名は……イレイザー……シェイドと同じく司令官クラス……生命力はシェイドよりも上だ!」

 体長は2m程で漆黒の体だが、俺達天使のような姿で背中には翼が生えていた。だが、それよりも持っている鎌が巨大だ!柄の部分で3m以上!さらに、鎌の長さも2m以上はある!接近しては戦えないだろう。それにしても、塔の入り口でこんな強者に遭遇するとは!俺は、道のりの長さを思うと不安を覚えた。しかし、俺はフィーネの為なら何でも出来る!

「俺は、獄界に用がある。ここを通してくれないか?」

 俺は、そう言いながらも力を限界まで高めて剣に集中した。いつ襲いかかられてもいいように!

「数多くの仲間が、貴様に殺された!貴様にどんな理由があろうと、俺様が貴様を通す必要はない!」

 イレイザーは、力を解放した!シェイド以上の力が、このフロアに充満する!戦いは避けられない!

「俺は、自分の選んだ道に従うだけだ!行くぞ!」

 今まで魔を倒してきた事に罪の意識を感じないわけではない。だが、俺はフィーネを愛し、人間を守るという道を心に決めた。迷いはない!

「生命力220万如きで、300万の俺様に刃向かうかぁぁ!?死ねぇぇぇ!」

 その瞬間!激しい攻防戦が始まった!イレイザーの鎌が頬を掠める!俺は、それをギリギリで避けて渾身の力で剣を打ち込む!しかし、それは鎌の柄で弾かれる!

「ガキンッ!」

 そんな音が、連続でフロアに響き渡った!

「高等神術、『滅炎』!」

 武器での攻防戦の合間に、俺は炎を連続で放つ!

「甘いわぁぁ!」

 奴は、高速で飛び交う炎を避けてさらに大鎌で俺の首を狙う!

「カキィィ……ンッ!」

 金属どうしがぶつかりあう乾いた音が響く!俺は、鎌を何とか剣で弾き返したが手が痺れてしまった!

「引き裂かれるがいい!」

 容赦なく、大鎌は振り下ろされる!

「ズシャッ!」

 大鎌が突き刺さった!結界が張られた床に!俺は、紙一重で鎌を避けていたのだ!

「グッ!」

 深く突き刺さった鎌はなかなか抜けないらしい。俺はその隙に精神力を集中した!

「究極神術!」

 鎌が抜けるまでは0,3秒程だった!すばやく、イレイザーは鎌の柄で俺の胸を強打した!

「ミシミシッ!」

 体内でそんな音が響くのを聞きながら俺は、壁に向かって弾き飛ばされている!しかし……

「……手遅れだ……『神光』!」

 壁にぶつかる寸前……俺は究極神術を発動させた!フロアの全てが眩い光に包まれる!

「ギャァァ!」

 目も開けられない光の中から、イレイザーの痛烈な叫び声が響いた!

「(勝ったのねー?)」

 消えていく光の中でリバレスが話しかける。倒したはずだ……だが!

「貴様はここで死ぬ……シヌノダァァアァ!」

 左半身が消失してなお……奴は片手で大鎌を振ってきたのだ!

「クッ!」

 剣でのガードが間に合わず、鎌は斜め上から振り下ろされる!

「ズシャッ!」

 鎌は俺の胸を掠った!傷は深いかもしれない!だが……

「(保護を使ってるわよー!)」

 間一髪、リバレスが俺の体を保護してくれたお陰で掠り傷で済んだようだ。

「今度はこっちから行くぞ!」

 光が消えて、俺がそう叫んだ瞬間だった。イレイザーは、床に倒れこみ絶命していた。

「死ぬまで攻撃を止めないか……恐ろしいな」

 俺はその様子を見て青褪めた。まだ、塔の屋上だというのに……地下への3000階はどんな地獄が待ち受けているというのか?

「ルナー!ここで止まってる場合じゃないわよー!」

 身震いする俺にリバレスは喝を入れる。そうだ、俺達は先に進まなければならない!俺は、下へ続く階段を駆け下りていった!

 

 どんどん地下へと降りていく中で、一体どれ程の魔が現れた事か!数は数百体!だが、イレイザーのような力を持つものはいなかった。階段を何段おりても、フロアを走っても景色は変わらない。魔を倒しながら進むので思うように先へ進めない!

 不眠不休で50時間程走っただろうか?ようやく、レリーフのある部屋まで下りてきた。早速、そのレリーフに目を通す。

『ここは……塔の2000階……天界の者は進んではならない。獄界は……危険な役割をもつ』

 意味深な事が書いてあった。獄界の役割……危険?その意味はわからないが、俺は行かなければならないんだ!

「はぁ……はぁ……行くぞ……リバレス!」

 休みもせず、魔と戦いながらの2日以上は辛かった。それでも、俺は足を引きずって前へ進む!

「ルナ!急ぐ気持ちはわかるけど、そろそろ休まないとダメよー!もう3日近く寝てないんだからー!」

 リバレスが叫ぶ。確かに意識が朦朧とする。先へ進みたいが、もう動けなかった。

「でも、フィーネが!」

 俺は、気力だけでそう叫ぶ。こうしている間にもフィーネの魂が壊されるかもしれないんだ!

「ダメ!そんな状態で強い魔に会ったら殺される!それじゃー意味ないでしょー!だから、このフロアの階段に結界を張って休みましょー!」

 リバレスは、俺を気遣ってそう言った。そして、強引に階段に結界を張る。確かに、こうすれば低級魔なら通れないな……

「リバレス、すまない。3時間だけ寝るから起こしてくれよ」

 俺は、そういい終わると同時に眠りに落ちた……疲労が限界だった。

 

 フィーネ、もう少しで助けに行くから……少し休ませてくれ……
ごめんな……

 

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