〜譲れぬもの〜 「パリーンッ!」 俺が目覚めたのは、フロア中に響くその乾いた音の所為だった。 「うーん!?」 その音の正体……俺は、目覚めたリバレスよりもいち早く察知した! 「リバレス!早く、指輪に変化しろ!」 俺は寝ぼけ眼を擦るリバレスに叫ぶ! 「ゆっくり休むなんて出来ないみたいだな」 リバレスが指輪に姿を変えて、俺がそう呟いた時には俺は100体以上の魔に囲まれていた!結界が破壊されたのだ! 「突き進むしかない!」 俺は、自分の体を強力な結界で守りながら走る!目の前を塞ぐ敵は全て剣で薙ぎ払った!どれだけ斬れば済むんだ? 全身を倦怠感が包む。剣を振る腕が痺れる。走る足が重過ぎる。そして何より頭の中が混濁していた。結局俺が眠れたのは2時間程……そんな状態で走り続け、戦い続ければ自然と何も考えられなくなってしまう。それでも、たった一つ、フィーネの顔を思い浮かべてひたすら前に進んでいった。 そして、30時間以上走った時……再びフロアの中心に、海を模した彫像とレリーフを見つけた。 『……ここは……塔の中心……1500階……これより下は獄王の領域……神の光届かぬ闇の世界』 俺は、その言葉を頭で理解するよりも先に体で感じていた。塔を下っていく毎に、段々と体に妙な重圧感を感じていたのだ。体が重い……それは疲労の所為だけではないみたいだ。かつて聞いた事がある。神は光の力を持つ。そして、獄王は闇の力……リウォルタワーで見た真実、神はS.U.Nから力を生み出している。神と獄王は相反するが故に、獄王は闇から力を生み出すのだろう。 歴史の中で獄界は、暗黒の海に浮かぶと聞いた事がある。暗黒の海は、生きる者の邪悪な念や、20億年前の大戦の際に犠牲となった死者の魂を吸収しているらしい。これは、天界が作り上げた話かもしれないが……その時! 「ゴォォ!」 フロアの周りが、黒い炎に包まれた!体の芯まで焦がされそうに熱い! 「何者だ!」 俺は、精神を集中して剣を強く握った!この力は危険だ……本能でそう感じる! 「お前が!お前がルナリートか!?」 黒い炎の中から現れた影……それは、想像とは異なる女の魔だった!それも、天使や人間とほぼ同じ姿……身長や体格も変わらない。しかし、もっと驚いたのは魔の目から涙が流れていた事だった! 「ああ、俺がルナリートだ……ここを通してくれるなら、お前に危害は加えない」 今までとは様子の違う魔に戸惑いながらも、俺は魔にそう言った。出来る事ならば、不要な戦いは避けたい。 「私の名はソフィ!お前がイレイザーを……私の最愛の魔をお前が!」 まさか!?俺は、構える剣を驚きの余り下ろしてしまった。 「死ねぇえぇぇ!」 怒りと悲しみと憎しみが込められた火球が俺を襲う!それが目の前に迫った時、俺は我に帰った! 「くっ!」 俺が体を保護で守ると同時に、並の天使なら跡形もなく消滅しそうな炎が胸に直撃した! 「ドォォーン!」 俺は壁に激突する!『力』で守られているはずの壁に、まるで隕石が落ちたかのような跡が出来た! 「ドシャッ」 俺は、床に倒れこんだ。致命傷では無いが、体の後ろがズキズキ痛む。後頭部も強打してしまったので、立ち上がれない。 「お前は、私の最愛の魔を殺した!でも、私はお前が獄界に来た理由は知っている。お前の恋人の魂を救うためなんでしょう?お前にそんな心があるなら、なぜイレイザーを殺した!?」 俺が殺したイレイザーの恋人?いや、妻だろうか……ソフィと名乗る魔が俺の頭を踏みつけながら叫ぶ……しかし、何故フィーネの事を知っている!?フィーネの事を考えると力が沸いてきた! 「俺にも話をさせてくれ!」 俺は、ソフィの足を持ち上げ弾き飛ばした。そして、俺はゆっくりと立ち上がった。 「フィーネは……人間として生まれながら、魂を獄界に堕とされた。もしフィーネが人間界で死んだだけだったら、俺はこんな所までは来なかった。人間界で魂を探し出して転生を待てばいいからな」 俺が、話し終わる前にソフィは叫ぶ! 「黙れ!お前の話など聞きたくは無い!お前は、イレイザーの仇なんだ!」 女はありったけの力を込めて、俺を炎で包んだ!高さ10mある天井も焦がしそうな火柱だ! 「お前の愛する者を殺したのは、申し訳ないと思ってる」 いつの間にか背中に現れた、光の翼で俺は炎を完全に打ち消した。そして、力の尽きた女に俺は歩み寄った。 「殺せぇぇ!私も、イレイザーの下へ送ってくれぇぇぇ!」 彼女は、死を覚悟したのだろう。戦いの中では、力の無い者は死に行く運命だ…… 「すまなかった。お前が、イレイザーを愛し続けるんなら魂を見つけてやってくれ……お前に、死ぬ程の覚悟があるんなら出来るだろう?俺は先へ進むから、もう邪魔しないでくれ」 俺は、ソフィに背を向けて階段へと歩いていった。 「(放っておいていいのー?)」 魔に背を向ける俺に危険を感じたのだろう。リバレスは、そう問いかける。 「ああ……愛する者を奪われる痛みは、俺もよく知っている。その痛みは、復讐なんかでは癒されない。命を賭して、愛する者を取り戻すしかないんだ。例え、生まれ変わって記憶が消えようとも愛した心は消えはしないからな」 俺は、魔にも聞こえるように話した。これでもまだ、背を向けた俺を襲ってくるならば倒すしかない。 「……お前の言いたい事はわかった。だが、お前は魔にとって災いでしかないんだ!お前が、愛する人間を救う為に魔を殺すのを善とするならば、私は死ぬまでお前と戦うしかないんだ!」 魔が力を振り絞って、炎を作りだす。この女の力で俺を倒す事は出来ない。それはわかっているはずなのに! 「俺は、自分を完全な善だとは思っていない。唯……俺は、自分の心を信じて……愛する人を信じて道を歩むだけなんだ。その為に俺は戦う……例え、何者が俺の前に立ち塞がろうとも。……俺は、お前を殺したくない。出来ることならば……彼の魂を見つけ出して……幸せになってくれ」 俺の進むべき道……それに一番大切なのはフィーネだ。フィーネを取り戻して、幸せになる為なら何だって出来る。 魔は……憎むべき存在だと思っていたが、俺はこのソフィという魔に会って少し考えが変わった。魔も愛するという心を持っている事……フィーネの為に……人間の為に『魔を滅ぼす』のは正しい道ではない。そんな気がした。戦いの先に見えるのは何なんだろうか? 「……お前の愛する人間の魂は……獄王様が保管している。早くここから消えて!」 ソフィは、そう叫び炎を放ちながら俺を階段へ追いやった。これで、彼女を殺さずに済む。俺は階段を駆け下りた。 「うわぁぁ!」 すると、階段の上から大泣きの声が響いた。彼女の愛も深かったのだろう。俺は心が痛んだ。 「(ルナー、大丈夫ー?)」 再び走り出した俺に、リバレスは心配そうに言った。 「あぁ。フィーネの魂は獄王が持っているらしいからな……何があっても、獄王に会いに行く!」 フィーネの居場所がわかった!だが、獄界の支配者に会いに行く事は危険この上無いだろう。神と同等の力を持つ王、それが恐ろしいのは事実だが、フィーネの事を考えると恐怖は薄らぐ…… 俺は、光で織られた翼を広げた。ソフィとの戦いで発現した、この翼で塔の内部を飛んでいけば戦いは最小限で済む。この姿に変わって、不思議と疲れが取れて力が満ち溢れてきた。この姿が、エファロードの力の第3段階なのだろう。ハルメスさんは言っていた。第4段階になれば、エファロードの意味がわかると……俺もそれを理解することになるのだろうか?それはわからないが、今は先へ進むだけだ。 俺は驚異的なスピードで塔を飛び回り、襲ってくる魔のみを倒しどんどん下層へと下っていった。 | |
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