夜……漂流三日目の夜が訪れた。 「まだ陸に着きませんね」 フィーネは甲板の椅子に座りながらポツリとそう言った。 「そうだな。(それより)」 私は、自分がかなりの空腹に襲われているのを感じていた。あと数日は我慢出来ると思うが……そんな事を考えて、私が黙っていたせいだろう。フィーネは唐突な質問を浴びせてきた。 「ところで、天使様ってどんな風に暮らしているんですか?」 そういえば、以前には天界での暮らしぶりなどは話してなかったな。 「君が思ってる程、いい生活はしてないよ。短い生命を懸命に生きてるフィーネみたいな人間の方が、ずっと生きてる実感を持って幸せでいられると思うな。私達は、毎日同じ事……勉強や儀式の繰り返しで生ける屍のようだったともいえる」 私は、天界での日々を思い出してそう答えた。自然と、表情が硬くなる。 「そうですか?私にはルナさんがそんな世界で生きていたとは思えませんよ。ルナさんは、私に元気をくれるし……そう、ルナさんが傍にいると、私は何でも出来そうな気がするんです!だから、私はいつもあんなに無茶な行動をしてしまうのかもしれませんね!そんなに、素晴らしい人……いえ天使様が生ける屍だなんて!」 そう言って、フィーネはまたも顔を赤くしてしまった。言い過ぎたと思ったんだろう。 「はははっ!フィーネは変わってるよ。少なくとも、天界に君のような……前向きで懸命な考えや行動力を持つ者はいなかった。凄く良い意味で、フィーネの存在は私の心の在り方を変えてくれたんだ。それはとても感謝してる。ありがとう!」 その言葉でフィーネはさらに照れていた。さらに、 「おっと、わたしを忘れないでねー!わたしも、人間は嫌いだったけど、フィーネは例外よー!だって、いい子だもんねー!」 と、リバレスが私を見た。何だ、その物言いたげな目は? 「あぁ、そうだな。フィーネはいい子だ」 私はそう同調したが、自分で目が泳いでいるのを感じた。リバレスは余計な事を言い過ぎだ! 「そんな……私の方が感謝しても全然足りないのに……ありがとうございます!ルナさん!リバレスさん!」 目に涙を溜めながらフィーネは懸命に私達に礼を尽くした。 「それにしても、フィーネ。そんな他人行儀にならずに、私達は呼び捨てで構わないんだぞ。それに敬語も要らない」 私は、正直フィーネの一歩引いた喋り方を普通にして欲しいと願っていた。 「い……いや、それは無理ですよ!恐れ多いです!でも、もしも……この戦いが終わったら……そうしてもいいですか?」 と、逆に申し訳無さそうにフィーネはそっと私の目を見つめながら答えた。 「それじゃー、ルナとフィーネの為にも早く戦いを終わらせないとねー!」 その時リバレスがまた、鋭い横槍を入れた。余計な事を! 「ああ。その為にも、もっと頑張らないとな!」 と、私も頬を朱に染めて微笑んだ。戦いの道は険しいが、フィーネの為なら頑張れると思った。 〜漂流六日目〜 漂流してから、今日で六日目だ……昨日と一昨日はただ海を彷徨っているだけで何事もなかった。 それより……眩暈がする。朝も昼もわからない。限界だ……空腹の果てがこれか…… 「……フィーネ、リバレス、私は限界のようだ」 私は船室のベッドで眠っていた。今朝から、体の調子が一気に崩れた。 「どうしたんですか!?ルナさん!」 その声も遠くに聞こえる。 「……実はルナ、ほとんど何も食べてないのよねー」 言わなくていい事を…… 「ルナさん!あなたは食糧を持っていると!」 私の手を握り締めてフィーネが私の体を揺さぶる。 「心配いらない。今から一時的に身体の機能を停止させる」 と、私が言った瞬間だった。 「ダメよー!『停止』の神術は、今の体でやると仮死状態みたいになるのよー!」 『停止』は、対象の『時』を止める神術……自分にかけると精神力が無くなるまで『停止』できる。無くなれば死の危険があるが…… 「街についたら、リバレス、停止を解除してくれ……堕天して人間と同じような生活をすると……不便だな」 堕天の辛さを噛み締めて……私が発した言葉はそこまでだった。 「ルナさーん!ルナさーん!」 フィーネが私に泣きながらすがりつくのを感じたのが最後の感覚だった。 私は、薄れ行く意識の中で『停止』の神術を発動した。 | |
目次 | 第九節 |