【第九節 安息の目覚めと戦慄】

 

「……ナ……ルナ」

 遠くの方で声が聞こえる。意識が混濁している。

 誰だ?

「……ルナ、さん」

 停止していた時に光がうっすらと差し込む。

眩しい……

 

「ルナさんっ!」

 私は恐る恐る目を開いた。

「……フィーネか」

 私の目の前にフィーネの姿が見えた。随分やつれてるな……心配そうに……せっかくの可愛い顔が台無しだぞ……

「ルナさんっ!」

 その瞬間、フィーネが私に抱き付いて来た。

「……痛いって……私は大丈夫だから」

 私は、涙を浮かべるフィーネの頭を優しく撫でた。

「ルナさぁぁん!」

 フィーネは私の胸で泣き続けていた。私はそんなに心配をかけたのか?

「ルナ!」

 リバレスまで、心配そうに私の頭をポカポカと叩く。

「一体、今はいつでここは何処なんだ?」

 私は周りを見渡した。何処かの部屋のベッドで私は横たわっていた。

「ルナ!ルナは、あれから三日間死んだように眠ってたのよー!」

 三日……か。それじゃあ、今日は漂流してから八日以上経っているんだな。

「……ここは、リウォルの街か?」

 涙で目を真っ赤にしたフィーネに訊いてみる。

「……はい!ルナさんのお陰で、無事に着いたんですよぉ!どうして、私なんかの為に無理をしたんですか!?いくら、人間より丈夫だと言っても、今は弱ってるんじゃないんですかぁ!」

 尚も、私を強く抱きしめる。その光景を見て、私は悪い事をしたなと少し反省をした。

「ごめんごめん、フィーネもリバレスも心配かけて悪かったよ。私も正直、自分の体がここまで弱いとは思ってなかったんだ」

 私は、フィーネの背中を優しく擦り、リバレスの頭も撫でた。

「ところで、私が倒れてからこの街にはいつ到着したんだ?」

 私は、リバレスに尋ねる。

「ルナが倒れてから次の日には街に着いたのー!ほとんど眠らずに三日間フィーネは付きっきりで看病してたのよー!」

 そうか。それなら皆無事で良かったと、私は胸を撫で下ろした。それにしても……

「フィーネ、ありがとう。お陰で助かったよ」

 私は、穏やかな口調でそう言った。

「そんな!感謝してるのは、私の方ですよ!ルナさんのお陰で、私は元気にここにいるんですから!」

 フィーネは怒ったようにそう言った。まるで、自分は感謝されるような事はしていないと言うように。

「まぁ、お互い感謝してるって事でいいじゃないか。……それより、私は空腹なんだよな」

 私は目で訴えかけた。この八日間、ろくに何も食べていない。

「は、はい!今すぐおいしい物を作ります!」

 と、フィーネは慌てた様子で、私の体を離れた。その顔は林檎のように真っ赤だ。抱き付いていた事が急に恥ずかしくなったのか?

「ルナも照れちゃってー!顔が赤いわよー!」

 そこに、リバレスが厳しい言葉を挟んだ。フィーネの温もりが残っているのを感じると余計に恥ずかしかった。

 

 30分ぐらいが過ぎた。そこに、フィーネが食べきれないぐらいの料理を持ってきた。その料理は、ベッドの前のテーブルに次々と並べられる。窓のカーテンから差し込む光で、料理がより色鮮やかに映える。また、部屋には沢山の花が飾られてあった。私を心配して、フィーネが持ってきてくれた物だろうか?

「はい、どうぞ食べて下さい!」

 フィーネは、にこやかにそう言った。その表情はいつになく嬉しそうだ。栗色の長く美しい髪と、純粋で優しい瞳がこちらを見ている。

「頂きます」

 私は、フィーネ手作りのおいしい料理を食べ始めた。限界を超えて空腹だった為、言葉を発する暇も無く食べ続けた。パンもスープも、卵料理も肉料理も瞬く間に、私の胃の中に吸い込まれていった。そして、いつもの三倍ぐらいの料理を15分もしない内に食べつくしてしまった。

「ごちそう様!美味しかったよ、生き返った気分だ」

 私は満足の笑みを浮かべて、フィーネに礼を言った。本当に、体の底から力が溢れてくるようだ。

「そうですか!それは良かったです。作った甲斐がありますよ!」

 彼女も微笑む。作った料理を美味しく食べてもらうのは幸せなんだろう。

「でも一つだけ……トーストが辛かったよ。私は、フィーネが作った辛いトーストも好きだけどな」

 と、私は笑いながらそう言った。

「ふふっ……またやっちゃいましたね!でも、ルナさん優しいから」

 と、全く気にしていない私の様子を見てフィーネも笑っていた。

「(あーあー妙な雰囲気ねー……ルナリート君。)」

 そこに、わざわざテレパシーでリバレスが余計な一言を挟む。

「(……うるさいぞ、蝶々!)」

 私は応戦した。

「(うっ!ムカッ!わたしは蝶じゃなーい!)」

 リバレスは怒った。怒って、私の髪を引っ張る。

「どうしたんですか?」

 その無言のやり取りを見て、フィーネは怪訝な表情を浮かべた。会話が聞こえなければ、この光景は不思議な事だろう。

「いや、何でもないよ。それより、今フィーネがこの街でやりたい事はあるか?魔物退治以外で」

 と、私は唐突に訊いた。これには勿論意味がある。

「どうしたんですか?急に?」

 フィーネは不思議そうに首を傾げた。それはそうだろう。今まで私はそんな事を言った事がない。

「うーん……私が倒れてからずっと看病してくれたお礼に、何かやりたい事や欲しい物があるなら、叶えてあげようと思ってな」

 そう言って私は頭を掻いた。これは、今までの魔物と戦う旅とは関係なく、フィーネと息抜きでもしたいと思ったからだ。

「え!そんな、悪いですよぉ!」

 と、フィーネは一瞬嬉しそうな顔をしたが、思い直して首を振った。

「ルナが、こんな事を言うのは1000年に一度あるか無いかよー?いいのー?」

 私の髪を引っ張っていたリバレスがこんな時にだけ言葉を挟む。お節介な天翼獣だ。

「1000年!それじゃあ、是非お言葉に甘えます!私は、買い物とか、美味しい料理店で食事とかしたいです。それと、この街の名物の音楽隊の演奏も聴きたいです。もちろん、ルナさんの付き添いで!」

 と、フィーネは俯き加減で頬を朱に染めながら、恥ずかしそうに言った。あどけない仕草が可愛らしいと思う。

 ただ、買い物は少し人間染みていて気が引けるが……でも、フィーネと行けばきっと楽しいだろう。

「よし、わかった!行こうか」

 私は笑顔でそう言った。体はほぼ完治している。一応、何があってもいいようにオリハルコンの剣は持っていこう。

「はいっ!お願いします!」

 満面の笑みを見せた。まだ幼さを残しているが、整った顔に輝く無垢な目に秘められた強さ。その笑顔が私に力と心をくれる。今はそう思う。

「わたしは、蝶じゃないからねー!」

 そこで、リバレスがまたも私の髪を引っ張った。私はこんな二人に囲まれて幸せだ。

 

 

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