【第六節 緩み始めた心の鍵】

 

 私達が街の入り口へと近付くと、多くの人間がこちらに向かって手を振っているのを見つけた。

「何だ?」

 私は、怪訝な顔をしてフィーネに尋ねた。

「さぁ、私にもわかりませんよ」

 状況がうまく掴めないまま、歩を進めていくと一人の若者が走り寄ってきた。

「ありがとうございます、ありがとうございます!あなた達が魔物を倒してくれたんでしょう!?」

 見ると、森に向かう前に倒れていた若い男だった。どうやら、毒気が抜けて元気になったらしい。

「ああ、怪我は大丈夫か?」

 私は、さっきまで瀕死だったであろう男に訊いてみた。

「はいっ!背中の傷は少し痛みますが、街の病がすっかり消えたのでみんな大喜びですよ!」

 喜びに満ち溢れた顔で深くお辞儀をすると、男は街の人間達の所に帰っていった。

 

「英雄の凱旋だー!」

 私達を褒め称える叫びと共に、私とフィーネは興奮する街の人間達に囲まれた。物凄い歓迎だ……

「きっと、私達が森に入っていくのを皆知ってたんですね」

 と、フィーネは私に耳打ちした。

「(全くこれだから人間は……馬鹿騒ぎしちゃってー)」

 リバレスの困り顔が目に浮かぶ。

「今日は、二人の英雄の為に祝宴を開きましょう!いやぁ、めでたい!」

 どうやら、街長らしき風格のある初老の男が嬉しそうに私に言った。

「いいって、私は魔物を倒しただけなんだ!他に何もしてないよ!」

 私は、焦ってそう叫んだ。これ以上多くの人間と関わりあうのはごめんだ!

「ルナさん、これを断るのは無理ですよ。ほら、街の人がどんどん集まってきます」

 見ると、街の至る所からこちらに走り寄ってくるのが確認できた。

「英雄のお二人のお名前をお聞かせ願えないでしょうか?」

 街長が、私に全ての街の人間を代表して訊いてきた。

「(仕方ない)私は、ルナ。もう一人はフィーネだ」

 私がそう言った瞬間。

「皆の者、英雄のルナ氏とフィーネ嬢の為に盛大な祝宴を開くのだ!」

 長の叫びと共に、街の人間達は各々街に戻って準備を始めた。

「今晩、あなた達の為に街が一丸となって祝宴を開きます。どうぞ、お楽しみになられるよう」

 そうして、私の意向に関係なく狂喜に乱舞する街は、まるで祭のように浮かれていた。

「(困ったもんねー……ルナ、逃げないでいいの?)」

 と、リバレスは私を心配して逃げるよう勧めてきた。

「(まぁ、なるようになるさ。それに、街の全員に知られているのに逃げられないだろう。)」

 私は、フィーネと接するようになってから人間に対する偏見が少し和らいでいたので、祝宴には別に参加しても構わないと思っていた。

「ルナさん、今日は楽しみましょう!?参加しますよね?」

 自分達の為に祝宴が開かれることに、フィーネは驚きながらも嬉しそうだった。こんなに嬉しそうなのに、参加しない訳にはいかないだろう。

「そうだな、せっかくだし旅の疲れもあるから、今日はゆっくりと祝ってもらおう」

 私が、「仕方ないな」という表情と共にそう言うと、

「本当ですか!もしかしたらルナさんはこういうのは嫌いかと思ってました。ありがとうございます!」

 フィーネは、自分の母と同じ苦しみからこの街が救われたことが嬉しいのか、私も祝宴に参加することが嬉しいのか、何にせよこんなに嬉しそうなフィーネは初めて見たかもしれない。こうして私達は、即席の祝宴会場の中心へと案内されていった。会場は街の中心にある噴水前。雨は止み、空には月が出てきた。

 どんどんと、テーブルと椅子が運び込まれる。その上にはテーブルクロス、そしてありとあらゆる酒や豪勢な料理が運びこまれてきた。

 街の人間のほとんどが参加するのだろうか?この中心地だけでも数百席以上はある。さらに、街の道にも家から出したテーブルが並べられて各家庭でも宴会の準備をしているようだった。正に、この街全体が祝いのムードに包まれていくのだった。

 

〜喜びの祝宴〜

 街は見渡す限り、狂喜に満ちた人々で溢れていた。どうやら、宴会の準備が出来たようだ。私と、フィーネにこの街最高の酒である『恵みの雨』が純銀の杯になみなみと注がれた。街の人々もまた、その手には酒を入れた杯を持っていた。一瞬静寂が訪れた。一体何をする気だ?

「さぁ、大英雄のルナ氏とフィーネ嬢に感謝の意を表し……乾杯!」

 街長の叫びと共に人々が杯を『キンッ』という音と共にぶつけあって、酒を飲み始めた。恐らくこれは何らかの儀式かしきたりなんだろう。

「かんぱーい!」

 フィーネが私と杯をぶつけあった。その後、街長やその他数え切れない人間が私達と杯をぶつけあった。

 人間はおかしな儀式をするものだ。そのまま、各々が飲めばいいものを……

「さぁ、皆の者!この偉大なる勇者の話を酒の肴にしよう!」

 またも街長が勝手に叫び、多くの人間が集まってきた。でも私は、人間達にうまく嘘をついて話が出来るほど器用じゃない。

「……フィーネ、ここは任せた。私のサポートをするのが役目だろ?」

 私は、フィーネにだけ聞こえるように囁いた。

「えぇー!そんなぁ、待ってくださいよぉ!」

 フィーネは、物凄く困った顔をしたが、『それは私の役目』と納得したのか、街の人々に話をすることにしたようだ。

「(頑張ってねー!)」

 指輪に変化したリバレスが、面白がってフィーネに意識転送(テレパシー)を行った。

「あれ!?リバレスさん!?」

 フィーネは驚いてキョキョロ辺りを見回したが、姿が見えるはずもない。

「それでは、フィーネさんお話を!」

 街の男の一人が黙っている私を見て、フィーネにそう叫んだ。

「はいっ!それでは」

 

 フィーネは、私の人間離れした部分は一切話さずにうまく人間達に話をしていった。リバレスの存在も隠していた。私は少し記憶を失った旅人とされた。よくも、そんなにうまく嘘をつけるものだ。しかし、フィーネはどうやら必死に嘘をついているようで、少し冷や汗をかいているのを私は見逃さなかった。私は、酒を水のように飲み料理もたくさん食べた。酒は、天界のものより味もアルコールも劣るが料理は格段に美味い。色んな人が私達を訪れて感謝された。

 始終、祝賀ムードの中で二時間ぐらいがあっという間に過ぎていった。

 

「(人間は、本当に楽しそうに笑いよく喋るな……私は疲れたぞ。)」

 私は、呟くようにリバレスに言った。

「(じゃー、みんな酔い潰れてるし静かな場所にでも行きましょーか?)」

 私は、それに無言で頷きフィーネの元に近付いた。彼女は……例外なく顔を真っ赤にして酔い潰れている。

「フィーネ、私達は先に宿に行く。後は頼んだぞ」

 私は、はっきりとそう言ったが……

「ふぁい?」

 そんな、間の抜けた返事しか返ってこなかった。

「……(泥酔か)まぁ、あれだけ皆に飲まされれば当然か」

 私には、街人達が酔っているのが滑稽だった。私には、人間界の酒は水と大差ないと思えるからだ。

「(天界では、ESGの他にたまに美味しいお酒が振舞われるもんねー)」

「(そうだな。あの酒は美味いけど、一杯飲んだだけで天使も酔う程の強さだったな。)」

 私とリバレスは少し思い出話をした。今では、天界の存在がとても遠くに感じる。

「フィーネ、酔いが醒めたら来るんだぞ」

 私は、彼女に理解できているのかどうかもわからないまま宿へと向かっていった。

 

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