〜約束の時まで〜 日が傾いてきた。私とリバレスは食事を取り、今も大木の下にいた。そして、やはり私はフィーネの事を考えていた。そして、結論が出た。 「……リバレス、丘へ向かうぞ」 私はそう、リバレスに語りかけた。 「(へ!?ルナ、本気で言ってるのー!冗談がうまくなったわねー!)」 彼女の驚きの声が頭にこだますると同時に、その表情が脳裏に浮かんだ。 「私は本気だ」 私は、それを強い口調で返した。 「(何で!?どうしてよー!?相手は所詮人間よー!)」 リバレスの言いたい事はよくわかる。私達には、人間如きと馴れ合う義理はないのだから。 「確かにそうだ。相手は人間だ。でも、親を殺されてなお私を信じると言った強さに興味が沸いたんだ」 天使でさえ、そこまで強い心を持った者はいないだろう。私は、天界で強い意志を持ち続けた所為で神官と対立し堕天した。結果として、私の行為は天界を変える事に繋がったのだから何の悔いもないが。私はその、意思の強さという点においてフィーネという女性に何らかの共感を覚えたのだ。 「(やめときなさいよー!余計な事に巻き込まれるに決まってるわよー!)」 確かに、そんな気がしないわけではない。だから、私は人間を救う気など全く無いのに変わりはない。しかし、フィーネに興味を持ったのも事実。だから、話だけは聞こうと思っている。 「リバレス、心配するな。私は話を聞くだけだ。それに、あの娘は人間界でうまく生きていくために利用できるかもしれないだろ?」 私は、そう彼女に言い聞かせた。渋々顔が目に浮かぶ。 「(わかったわよー!ルナは頑固なんだからー!どうなっても知らないからねー)」 こうして、私達は約束の丘に向かう事に決めた。しかしこの時は、そこで待ち受ける運命を知る筈もなかった。 〜丘からの始まり〜 昨日の天気とは打って変わり、今日の天気は快晴だった。時刻は午後5時30分。美しい夕陽が丘を照らしている。昨日の大雨に濡れた緑が夕陽に照らされ、鮮やかな光を発している。その光景は、昨日起きた出来事の恐ろしさを全て拭い去るかのように悠然としていた。遠くにはフィーネの家や、ミルドの村。そして鉱山が見える。その景色の全てが朱に染まり、一種の統一感を奏でていた。そして、それとは裏腹に昨日、私達が天界から堕ちてきた跡は地面が深く抉れており生々しくその衝撃を語っているのだった。 「ここから見える景色も美しいな」 私は思わず、言葉を発した。 「(そうねー……この夕陽の景色は天界と変わらないかもねー……でも、天界の整然とした風景とは全然違うから、ずっとずっと遠い場所に来たって感じがしてちょっと寂しいわー)」 確かに私もそう思った。天界で見る黄昏は、神殿や建造物、そして画一的にされた森林の姿だったからだ。 しかし、感傷に浸っているとしばらくして、フィーネが近付いて来るのが見えた。 「あ、来てくれたんですね!良かった。あなたがここにいるという事は」 私は、彼女にかけられた言葉よりも、彼女の外見の変化に驚いた。昨日までの、優しく純粋でこの世の闇を見たことの無いような目は、涙で少し腫れている。さらに、子供の様な純粋さは消えて、ある強い決意を持った目に変わっていたのだ。そして、背中まで真っ直ぐに伸びていた栗色の長い髪は、昨日の整った感じは見受けられず、所々で乱れていた。 しかし、昨日は感じなかったのだが『美しい』と感じた。強い志の裏に悲しさを秘めている、その少女の健気さに惹かれたのだろうか? 「初めに言っておくが、私は君の話を聞くだけだ。それ以上は期待しないでくれ」 私はフィーネの姿に驚きながらも、最初にかけた言葉は冷たいものだった。私は、出来もしない優しい言葉などかける気はない。 「……そう……ですか……わかりました」 「(あれっ、物分りがいいわねー?)」 その瞬間に、彼女の表情は曇り涙を流しそうにさえなった。しかし! フィーネの顔は強い覚悟の表情に変わり、ベルトに通した大型のナイフを取り出した! 「……無駄だ。そんな物で私を脅そうとしてもな。君の力では私を傷つけることすら出来はしない」 そこで、リバレスも多少の危険を感じたのか元の天翼獣の姿に戻った。 「自殺しようとしてもムダよー!あなた一人の命でルナの考えなんて変わらないんだからー!」 私達の説得を聞いているのか聞いていないのか、フィーネの表情は変わらなかった。その顔で私達をじっと見据えている。 「……違います」 ようやく、口を開いた。口調が重々しい…… 「……私が、魔物を全て倒しに行くんです!私から全てを奪った魔物を!」 驚いた。こんな脆弱な人間が『魔』を倒すだと!?冗談も甚だしい……しかし、彼女は本気の様でナイフを強く握り締め強い怒りの表情を湛えていた。 「やめるんだ!無意味に命を捨てようとするな!」 私は、この少女に助けられた。いくら人間といえども、魔の手にかかり無残に殺される姿を想像すれば、そう言葉を発せずにはいられなかったのだ。恩人がわざわざ、残虐に殺されるのを見過ごすことなど出来ない! 「いいえ!止めないで下さい!あなたの言う通りに、他人には頼らないんです!……私が動かないと何も変わらないし、何も変えられはしません!……止めるんなら、今ここで私を殺してください!」 その言葉は…… 「どこかで聞いたセリフねー」 私が思うよりも前にリバレスが口を開いた。呆れ顔の彼女はきっとこう思っている。「ルナとそっくりな考えだわー」と…… 私も、そう思った。この少女は、優しく、意思の強い人間だとは思っていたが、まさかこれ程とは…… 人間も、私の様に自らの命をかけてまで自分の意思を貫く事が出来るのだ。私は正直驚いた。そして、私が天界で命を懸けたように、今ここで魔を倒すために命を懸けている少女がいる。私は、この時初めて人間、少なくともフィーネを見下していた自分を少し恥ずかしいと思った。 「仕方ない」 私は、初級神術である『衝撃』を威力をセーブして放った。 「……カキンッ!」 それは、フィーネのナイフに直撃し遠くへと弾き飛ばした。 その瞬間、強い心で自分を支えていたフィーネは支えを失ったのか、その場に泣き崩れた。 「うぅ……あなたは、私から武器さえも奪うんですか!?……ぐすっ……それじゃあ、私は一体どうすればいいんですか!」 いくら強い意志を持っているとはいえ、まだ年端もいかない少女。限界を超えたんだろう。私は、フィーネに対して優しさが心に溢れてくるのを感じた。 「……フィーネ、君は何でもすると言ったな」 フィーネは泣き続けていたが、私の突然の優しい口調に驚いた様子だった。 「……私とリバレスが、この世界で何不自由なく暮らせるように、食料や情報、宿などを提供するんだ」 私は、私と似た考えを持つこの少女を助けてやろうという気持ちになった。通常の私なら決して考えられない事なのに……魔と戦う……それはリスクが高い。しかし、天界で魔と戦う事は禁じられてはいない。そんな前提や、保身の考えよりも何よりフィーネという人間の心が気に入ったのだ。 「……そ……それじゃあ」 フィーネは涙を拭いて、私に目を向けた。昨日と変わらぬ優しい目…… 「……手伝ってやるから、もう馬鹿な真似はよすんだ」 「は……はいっ!」 フィーネはとても嬉しそうに、私の手を握り満面の笑みを湛えていた。 「ルナー!だから行くなって言ったのよー!」 リバレスは困り顔で私の肩に停まった。 「……こうなった以上仕方ないだろ?」 「もー!相変わらず甘いんだからー!(でも、それがルナのいい所なのよねー相手が人間なのが困り者だけど)」 「ん?リバレス、何か言ったか?」 私は、今リバレスが言った最後の方の言葉を聞き取れなかった。 「何でもないわよー!」 リバレスは私の子供のようでいて、時に母のように振舞う。世話焼きの彼女がいれば、この先も安心だ。 「私は、人間に甚大な被害を与える魔物だけを排除する。その代わりにさっき言った条件と、私とリバレスの事を決して他人に口外せず、また、正体を聞いてはいけないこととする。いいな?」 リバレスは困り顔だったが、もう呆れ顔で私の考えを認めてくれているようだった。そして、 「はいっ!張り切って、ルナさんとリバレスさんのお世話をさせて貰います!手始めに、今晩はおいしい物を作りますよ!」 と、フィーネは元気一杯で答えたのだった。 この日の彼女の家で食べた料理はとてもおいしく、量も半端では無かったが私は空腹だったため、全て食べ尽くした。 それを羨ましそうに見守るリバレスの姿も、どこか楽しげに見えた。 これから待ち受ける過酷な試練と、今までとは全く異なった日常には不安もあったが、正直期待も大きかった。 まるで、囚人のように勉強と試験を繰り返し、自由にも生きられなかった天界の時とは全く違う。 今日の事も明日の事も全く予想ができない。そして、何より全てが自由に出来る事が嬉しかった。 また、この一晩でフィーネの話を聞いて、人間界の事がリアルに伝わってきた。人間が、どれだけ『魔』を恐れて生きてきたか。 そして、どんな生活をしてきたか…… 今日は少し空を見て眠ろう。明日の事はわからない。 200年は長いけど、何とかやっていけるような 私は、眠っているリバレスとフィーネから離れて そして、これから先の私達の人生の幸福を願って | |
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