〜第二楽章『儚き水晶』〜

 一時間ぐらいの時が流れ……ようやく『拘束』が解けて動けるようになった。

「はぁ……はぁ……ハルメスさん!私は今から輝水晶の遺跡に向かいます!」

 私は、背中を強打して壁際に座り込むハルメスさんに声をかけた。

「ルナ、今のジュディアの力は危険だ!だが、まだ間に合う!街の者に遺跡まで送らせるから……急げ!」

 ハルメスさんは、そう言ってよろけながら立ち上がった。

「ルナー、わたしも行くからねー!」

 床に倒れていたリバレスも起き上がる。私はすぐさま、ハルメスさんとリバレスに『治癒』の神術を使った。

「ルナ!……愛する人を失う事は死ぬより辛い……それは俺が一番よく知っている!絶対に……絶対に、フィーネさんを不幸にするな!そして、必ずフィーネさんを連れてここに戻って来い!」

 ハルメスさんは、驚くほど大きな声で……そして真剣な顔で叫んだ。そんなハルメスさんの過去が気になったが、今はそれどころじゃない!

「はい!行ってきます!」

 私は、リバレスを肩に乗せて全力で港まで走った!一刻も早くフィーネを救い出す為に!

 港に着いて、すぐさま船に乗り込む!そして、船は南南西へ舵を取り進む。しかし、その遅さがもどかしい!

 今、空を飛べたら……すぐに助けに行けるのに!一分……一秒……過ぎるのが狂おしい程長く感じた!

 そうして、気が遠くなるような三時間が過ぎて……遺跡のある島へと辿りついた。時刻は午後5時……空は夕闇に染まり始めていた。夕陽が、冷たい海と雪の大地を照らし眩しかった。しかし、それとは逆に遺跡の入り口は漆黒の闇に閉ざされている。

「行くぞ……リバレス!」

 リバレスは強く頷く。フィーネを助けたい……その気持ちは彼女も変わらないのだろう。

 遺跡の入り口は、神殿のような門で……やはり大理石の古代建築様式だった。門をくぐれば、地獄へ続くような地下への階段が伸びている。私とリバレスは、臆する事無く階段を急ぎ足で下りて行った。周りが殆ど見えない闇の階段を……

「あっ……何よーあれは?」

 階段が終わり、地下1階に到着した時だった。急に、部屋が『赤色』の光に照らされた。すると、部屋の様子が見えてきた。

「中心にある水晶の壇の光だな」

 部屋の中心にある、赤色に光る輝水晶で出来た壇が輝いている。

「あっ!何か文字が書いてあるわよー!」

 そう言って、リバレスは壇の上にあるオリハルコンの記念碑を指差した。今は一秒でも先に進みたいのだが……

『……始まりは……中界と共に』

 私は記念碑を一読したが、一部文字が解読出来ない。古代文字よりもさらに古い文字が混ざっているからだ。

「この遺跡は古いのねー……でも、読んで行った方が良さそうよー」

 部屋を見渡すと、床も壁も天井も立派な大理石……しかし、所々ひび割れていた。そして、リバレスの言う通り記念碑には重要な事が記されている気がする。記念碑を読みながら、先を急ごう!私達は、更に下層へ続く階段を駆け下りた。

「フィーネ、無事でいてくれ!」

 私は祈るような気持ちで走る。フィーネさえ無事でいてくれたら……私は何も必要無い!

 そして、再び視界が開けた……今度は『橙色』の輝水晶だ……こんなにも輝水晶を多用するのには、余程大事な事が隠されているのだろう。

 輝水晶は、星の始まりからごく少量のみ存在しているらしいが、余りに貴重なので天界でも殆ど目にする事は無いのだ。

「ルナー!また記念碑よー!」

 リバレスが言い終わる前に私は、それに目を通す。

『……この遺跡は……獄……を……封じ……ある』

 この文章が、ハルメスさんの元に届いたのだろう。確かに、この遺跡が獄界と封印に関係している可能性は高い……

「……今は、何よりもフィーネを助ける事が優先だ!魔との戦いは後でいい!」

 私は、そこで正直な気持ちを叫び更に階段を下りる!

「キャー!」

 再び視界が広がった地下3階で、急にリバレスが声を上げた!それもその筈だ……

「魔の死骸の山だな」

『黄色』の輝水晶の周りで、20体近くの魔が殺されていた。氷漬けになって!

「ジュディアが殺したのねー」

 10m四方程の狭い部屋に、これだけの死骸がある事に私は恐怖さえ覚えた。しかも、ついさっき殺されたように氷の刃の跡が生々しい……

「私に秘められた強大な力を……自在に操る事が出来たら!」

 魔との戦い……フィーネやリバレスの危機で、幾度か発動した力を……今使う事が出来ない事が腹立たしく……悔しかった。何故、こんな時に力を使う事が出来ない!?

「ルナー、大丈夫よー!ジュディアなら……話せばわかってもらえるはずよー!」

 そんな私を気遣って、リバレスが私に声をかける。だが……

「私は、ジュディアの性格を良く知っている。何故、人間界に来たのかはわからないが……私は、堕天する前にジュディアと約束した。『人間には毒されない』と……あいつを怒らせたらどうなるかわかるだろ?……それでも、絶対にフィーネは取り戻す!」

 私は身震いしたが、すぐさま意志を強く持った。話し合いで解決するとは思えない。だが、何をしてでもフィーネは返してもらう!

「わたしはルナの考えに従うから……行きましょー!」

 リバレスはやはり頼りになる。私は、リバレスの頭を撫でてこの階の記念碑を読んだ。

『……機構は……深……あ……エネル……を……必要……
る』

 しかし、この階の記念碑は解読が難しかった。もっと先を読まなくては!

 地下4階は『緑色』の輝水晶だった。地下1階から続く、輝水晶の色の変化……恐らく『虹』の並びと同じだろう。

『……エネルギ……源……は……である』

 少し理解した。この遺跡にある何らかの『機構』は『エネルギー源』を必要とするのだろう。

 私は、この遺跡の謎に興味が沸いたが……何よりも、フィーネの事が心配で気が狂いそうだった。

 そして、階段を飛ばして駆け下り、地下5階に到着した。案の定、『青色』の輝水晶……

『……起動……は……10000の……が……必要』

 私の頭に恐ろしい想像が巡ったが、それを無視してさらに歩を進める。ジュディアの力が近付いてくる気がした!

 地下6階は『藍色』の輝水晶だった。恐らくは、次が最後!

『……を……虹の祭壇へ……捧げ』

 この記念碑を読み……私は悟る。この遺跡は危険だ!何か大切な物を捧げなければならないのだ。

 私は、剣を抜き階段を慎重に歩いた。もしかしたら、次の階にジュディアがいる!

 しかし、予想とは裏腹に地下7階にも彼女の影は無かった。それどころか、それより下へ続く階段すら無い。

「ジュディア……いないわねー?」

 リバレスも不思議そうに周りを見渡す。私はどうする事も出来ずに、『紫色』の壇にある記念碑を読んだ。

『……魂……生け贄!?』

 私は思わず叫んだ!最悪の想像が真実に近付いた。フィーネの身が危ない!

 

「ルナさぁぁーん!」

 

 その時、『紫色』の輝水晶の壇が動き……さらに下へ続く階段が現れた!フィーネの叫びが下から響く!

 私は、儚い光を背に階段を駆け下りていった。

 

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