「やっと来てくれましたね」

 外に出た私は、その寒さに身震いした。人間界に来て一番の寒さ……なのに、フィーネは!

「フィーネ!何で、君はそんなに無茶な事ばっかりするんだ!」

 私は、涙が出そうになるのを堪えながらフィーネを強く……強く抱き締めた。体が冷え切っている。

「私はね……ルナさんと二人きりになりたかったんです。もしかしたら、来てくれないかと思ってました」

 フィーネは、冷気でこわばった顔に笑顔を浮かべる。その様子がとても儚げで……悲しかった。

「来ないわけが無いだろう!私はフィーネを愛してる。だから!」

 心の昂りを言葉にする事も出来ず、私はフィーネに強く口付けをした。唇までも凍てつくように冷たい……だから、私はフィーネが温まるまでずっと抱き締めて、私の熱を送り込むような……長く深いキスをした。

 そして、しばらくの時が流れた。

「ルナさん、ありがとうございます」

 フィーネの頬は朱に染まり、抱き締めるフィーネの胸から温かい鼓動が伝わってきた。

「ごめんな……もう二度とフィーネから目を離したりしないから!」

 私は深く謝った。いくらハルメスさんとの再会に舞い上がっていたとはいえ……目を離すのは言語道断だ。

「いいんですよ。ルナさんはこうして、私を抱き締めに来てくれましたから」

 そう言うフィーネの顔は、何よりも優しくて私を包み込んでくれる。そして、どんな事よりも心を満たしてくれる。

 遠くには、フィグリルの街の灯火が見えた。点々と……温かい色で……そして、冬の透き通った空は煌く星の海になっている。

 しかし、さっきまで見えていた月は、いつの間にか南東の山に跳ね返った雲に包まれていた。

「ルナさん、私は幸せですよ」

 唐突に、フィーネがそう言った。潤んだ目が、私の目を見つめる。

「あぁ、私もフィーネが傍にいてくれるだけで幸せだよ」

 私も、優しくその目を見つめ返してそう返答した。

「……別の世界に生まれた私達が、出会ってここにいます。それだけでも、奇跡なのに……ルナさんは、私を愛してくれたんです。無理なお願いばっかりした私を……たくさん思い出を作りましたね。それを思い返すと、とっても幸せです」

 フィーネは空を見上げて、涙を流した。でも、これは幸せなだけで出る涙じゃないと私は直感した。

「……フィーネ、何か不安な事があるんなら言って欲しい。そうじゃないと、私が不安になるから」

 私は真剣な眼差しでフィーネを見つめた。すると、空を見ていたフィーネが私に視線を移した。とても悲しい目……

「……やっぱりルナさんにはお見通しですね。何だか、ルナさんと一緒に生きられる時間って凄く短い気がしたんです。もし、ルナさんが私と100年間一緒にいてくれたとしても……それはルナさんにとっては、とても短い時……いつかは、私が思い出に変わってしまって……貴方は天界に帰って……私は思い出からも消えるんじゃないかって……今日のルナさん達の話を聞いていたら、私がちっぽけな存在に思えてきたんです。ルナさんは優しいから、ずっと一緒にいてくれるって約束してくれましたけど、でも、でも!」

 

 その後、フィーネは言葉を話す事も出来なくなった。無数に零れ落ちる涙がそうさせたからだ。

 

 

「……フィーネ、心配しなくていいんだよ。もし、肉体が死んでしまったとしても『魂』は不滅なんだ。だから、二人で一生懸命生きて……どちらかの体が消えてしまったら、『魂』を探す旅に出ればいいんだ。空にある数多の星の中から、一つを選び出すくらい難しいけど、私は絶対に見つけ出せる。その時、きっとフィーネは寂しそうに私を待ってくれているはずだから……何度でも、何度でも私はフィーネを見つけるよ……それで、生まれ変わってもずっと一緒に生きるんだ。『永遠』に」

 私は、フィーネの震える頭を抱き寄せて、優しく撫でながらそう言った。この言葉は私の真実だ……それから、少しの時が流れる。

「……グスン……ふふ……わかりました。それなら、私も……絶対にルナさんを見つけます。ルナさんは、いつまでも私を優しい目で待ってくれているはずだから……でも、魂が離れ離れになった時に集まる場所を決めた方がいいですね」

 ようやく不安が晴れたようで、フィーネは冷たい手で涙を拭った。今日は本当に寒いな……

「あっ!ルナさん、掌を開いて上に向けてみてください!」

 フィーネがそう言ったので、私は言われた通りにした。すると……粉雪が、舞い落ちてきたのだった。

「雪か……よし、集合場所は『雪の降るミルドの丘』にしよう!」

 煌く星と、街灯の灯に照らされた雪はうっすらと輝きながら、ゆっくりと『永遠の時』を告げるかのように空間を埋め尽くした。

「私も同じ事を考えていました!……でも、この冬の内にミルドに帰れたら一緒に丘に行きましょうね!」

 それはそうだ。気の早い話だった。今から、死後の集合場所を決めたって仕方ない。

「ああ。フィグリル周辺の魔を倒したら、一旦ミルドに帰ってみよう。二人が出会った丘の村に!」

 私はフィーネの手を握った。フィーネもまた、強く私の手を握り返す。

「やっぱりルナさんは凄いです。不安な事も全部取ってくれるから……あと……一つだけお願いしてもいいですか?」

 フィーネは嬉しそうに微笑んだ後に、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした。

「フィーネのお願いなら、聞かない訳にはいかないな」

 そう言いながらも、私まで何だか照れてしまった。

「……あの……一緒に……いたいんです」

 フィーネは、小声で囁いた。余程恥ずかしいんだろう。私の耳にも聞こえない。

「……私は、ずっとフィーネと一緒にいるつもりだけど?」

 恋に疎かった私には、フィーネが言おうとしている事がわからなかった。天界で教わった勉強は全く役に立たない。

「……朝まで……二人で」

 ようやく、フィーネの言いたい事がわかった。彼女にこんな事を言わせた自分を悔やんだ。

 戦いが終わるまでなんて……もう待てない。

 

「……今日は、二人だけで一緒に眠ろう」

 私は、恥ずかしくてフィーネの目を直視出来なかったが、フィーネも真冬なのに火照った顔で頷いた。

 私達は、雪の降る中……神殿を抜け出して、街の宿まで走った。笑いながら、手をつないで……

 明日の事なんて考えていなかった。今、ここにフィーネさえいればいい。大好きなフィーネが……

 戦いの事もどうでも良かった。魂が触れ合える、今この瞬間を大切にしなければならない。

 私達は、二度と離れる事が出来ない深い恋に堕ちた……まるで、筒から覗く宇宙のように……

 私達は、この夜『永遠』を誓った。恐ろしい『死』さえも、私達を引き裂く事は出来ない。

 沢山約束をした。幸せになるために……未来にも、夢を持っている。この愛を失わないために……

 

 

 

 しかし、無情にも……愛し合う私達を包む空から、
純白の雪と共に天使の羽が降り注ぐ……

 

 終焉を告げる歌声と共に……

 

 

目次 第十四節