【第十二節 嵐の前兆】 「カラーン……カラーン」 遠くで鐘が響く音で私は目を覚ました。この澄んだ音は、鉄神殿から聞こえる音だ。 「おはよう、フィーネ」 既に起きて、暖炉に火を灯して朝食の準備をしているフィーネに、私は声をかけた。 「あっ!おはようございます!」 彼女は、嬉しそうな顔と共に、美味しそうな朝食をテーブルに運んできた。 今日の朝食は、この街で買ってきたライスという食べ物と、ベーコンと目玉焼き、そしてトマト風味のスープだった。ライスは今までに無い絶妙な味で、他の料理もいつもより格段に美味しかった。フィーネが恋人になって初めての料理だからだろうか? 「今日の料理は最高に美味かったよ。何だか、いつもより心が込められてるみたいで」 私は、頭を掻きながらそう言った。素直な褒め言葉も、何だか照れくさい。 「えっ!そんな事ないですよぉ!でも、ルナさんに喜んで貰おうと頑張りました!」 フィーネは、両手を頬に当てて顔を赤らめた。これじゃあ、まるで新婚夫婦の朝って感じだな。 その後、楽しく会話をしながら二人で食器を片付けた。しかし、リバレスはまだ眠っている。 「こら!リバレス」 私が、リバレスを起こそうとした瞬間、何故かフィーネが私の服の裾を引っ張った。 「あの……リバレスさんが起きたら……その」 フィーネが顔を林檎のように真っ赤に染めて、ボソボソと囁いた。何だろう? 「どうしたんだ?」 私は、何を言いたいのかわからなかった。すると、フィーネは更に顔を真っ赤にして囁いた。 「……キ……ス……して欲しいです」 恋愛初心者の私には、仕草だけで望んでいる事まではわからない。私はその言葉で、首まで真っ赤になっていたかもしれない。 「ご……ごめん!気付けなかった!」 私は、リバレスが起きるのを少し警戒しながらフィーネと長い時間キスをしていた。こんな時間が何より大切なんだ。 「……今日一日ぐらいは、魔物の事を何も考えずに一緒にいたいです」 キスを終えた後、フィーネはそう呟いた。そうだ、この前の時はS.U.Nブラスターで街が破壊されたんだ。 私達が恋人になって二人だけで過ごす一日が欲しい……私も本気でそう思った。この街を出れば、再び戦いの日々が始まり楽しい時を送るのが困難になる。戦いは明日からにすればいい……それぐらいは許されるはずだ…… 「よし!今日は、一日フィーネの日にしよう!」 こうして、この日だけは魔の事や戦いの事……辛い事などを全て忘れて楽しく過ごす事にした。可哀想だが、リバレスは宿に置いて…… 私とフィーネは、手をつなぎ肩を寄せて笑い合いながら街を歩いた。買い物をして、クレープやキャンディを食べたり……ベンチに座って、今までの話やこれからの話に花を咲かせたり……どれを取っても、一つ一つが輝く宝石のような時間だった。そして、一日の終わりに私達は夜の海辺に訪れた。風は冷たいが、優しい海の音と、零れ落ちそうな位の星々を散りばめた空が広がっている。 月もまた……たなびく雲の間から静かに海と私達を照らしていた。 「奇跡ですよね……私達がこうして二人でここにいられるのは」 フィーネは、星空を見上げて囁いた。 「そうだな。これが、奇跡でも運命でもいい……大切にしないとな」 この広い宇宙で、出会えた事に私は唯感謝するばかりだ。 「はい、私は、魔に脅かされ続けた事も……あなたに出会う為だったなら、むしろ感謝しています。もし、この世界が平和ならルナさんに力を借りていなかったかもしれないから」 フィーネは振り返って、私の顔を見つめた。フィーネの顔には少しの悲しみと大きな喜びが入り混じっていた。 「いや……例え、この世界が平和でも私は君を好きになっていたよ。絶対に」 私は、フィーネを後ろから抱き締めた。彼女が、私から離れていかないように……ずっと一緒にいられるように…… 「……私はこんなに幸せでいいんでしょうか?何だか少し怖いです」 フィーネが一滴の涙を流した。こんなに優しくて素直な女性を、どうして不幸に出来ようか…… 「いいんだよ。辛かった事の何倍も幸せになって……そうじゃないと、私が怒るぞ」 私は、そう言ってフィーネの髪をゆっくりと優しく撫でた…… 「ルナさんは幸せですか?」 フィーネが涙を浮かべた目で少し心配そうに訊いてきた。 「あぁ、勿論だよ。今までの人生で一番幸せだ」 私は、持っていたハンカチでフィーネの涙を拭いて、今度は正面から抱き締める。 「良かった。やっぱり、私は優しいルナさんが大好きです」 フィーネが目を瞑る。微かな光に照らされて頬が、薄紅色に染まって見える。その様子は今までで一番妖艶に思えた。 「フィーネ、愛してるよ」 私達は、長く……激しく……口付けを交わした。時間を経る毎に、この気持ちが強くなっていくのがわかる。 「あっ!」 その時、フィーネが驚きの声を上げた。私も周りを見渡してみた…… 「……雪ですよ」 いつの間にか空には雲が増えていて、そこから粉雪が降ってきていたのだ。 「これが雪というものか……初めて見たよ」 夜闇に微かに煌く白い結晶……風に揺られて舞い落ちるその姿は言いようが無いほど幻想的だった。 「……ルナさんと出会った、ミルドの丘……あそこもよく雪が降り積もるんです。綺麗ですよね」 段々と視界が白く染まっていく……確かに、綺麗な光景だ…… 「綺麗だな。そうか、今頃あの丘にも雪が降ってるかもな」 私は、フィーネの肩と髪に積もった雪を手で軽く掃った。すると、フィーネから笑顔がこぼれる。 「ルナさんにもいっぱい雪が積もってますよ!」 フィーネも、クスクス笑いながら私の雪を取ってくれた。私達二人は何だか可笑しくなって、しばらく笑い合っていた。 「……ふふ……行きたいですね」 柔らかい笑顔のフィーネが、独り言のように呟いた。 「……ん?何処に行きたいんだ?」 私は、指でフィーネの頬を突付いた。すると、何だか嬉しそうな顔をした。 「……ミルドの丘ですよ。初めて出会ったあの丘で、二人でもう一度雪が見たいんです」 雪は小降りになっていた。大地に雪が積もるには、まだまだ足りないようだ…… 「あぁ、絶対に見よう!約束だよ」 全てが始まったあの丘で、あの時とは違う心で二人で雪を眺めるんだ。 「はいっ!約束ですよ!」 フィーネが嬉しそうに、私の頬にキスをした。また楽しみが一つ増えたんだ。しかし…… 「(キィィーン!)」 人間には感じられないだろう、強力な殺気を私は感じて青褪めた! 「どうしたんですか?」 その様子に気付いたフィーネが、心配そうに声をかける。 「いや……何でもない。冷え込んできたし、そろそろ宿に帰ろう」 私は笑顔を作って、フィーネの手を取って宿へと向かって行った。 「(一体?あの殺気は確実に私達の方に向かっていた。魔の気配はしなかったのに!)」 私は、背筋が凍るような感じがした。今までとは違った恐怖……そんな感じがした。 「フフフフフ」 この時……誰もいない海岸に、不気味な笑い声が響いていた事を……私は知らなかった。
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