【第十一節 二人の気持ち】

 

 ここは、リウォルタワーと街の間にある森の中だ。目の前には、先程までの戦いとは無縁な美しい湖がある。湖はそよ風で細波が立ち、湖面に映る美しい月が揺らいでいる。風に吹かれる木々の音と水の音以外はここには無い。また、遠くの山々が月に照らされて雄大な影を落としている。見上げると、下弦の月と一面に広がる星々……まるでこの場所だけ時が止まったかのように感じる。

 私達は、静寂と安息の空間に包まれていた。

「私は一体何者なんだろう?」

 私はどこにも焦点を合わせずに、独り言のように呟いた。

「……ルナは、やっぱり普通の天使とは違うもんねー……でも、さっきはエファロードって言ってたわよー」

 リバレスは、不安そうに私を見つめる。その目は、恐ろしさというよりも私自身を心配している目だった。

「……わからない。急に、私の頭の中から意思が湧き上がったんだ。とてつもない力だった。天界で神官と対峙した時よりも……魔と戦った時よりも……私の力は、やはり天使と考えられる域じゃない。私の名は……『ルナリート・ジ・エファロード』なんだろう。だが……それ以外には全くわからない。私は何なんだ!?」

 私は俯きながら、声を落として喋った。私は自分自身がわからない事が不安でたまらなかった。私は、昔から普通の天使とは違っていた。それでも、他の者より少し能力が高いだけだと信じていた。しかし……さっきの力は、理解の範疇を遥かに超えている!

「ルナさん、心配する事はないですよ!私を……私を助けてくれた時のルナさんも、いつもの優しいあなたの瞳と同じだったから……ルナさんはルナさんなんです!」

 そこで、フィーネが優しい一言をかけてくれた。さっきまで死の淵にいたというのに!私は自分の悩みがちっぽけなものに思えた。

「そうだな。私は私だ!ありがとう……フィーネ」

 私はフィーネに微笑んだ。気がつくと、私の背にあった翼は消え、真紅の目も元に戻り、銀色の髪も普段の赤に戻っていた。

「ルナさん、本当にありがとうございました!うぅ……さっき死ぬかもしれないと思った時は……本当は怖かったんです。目の前から光が消えて……だから……だから!」

 緊張の糸が切れたんだろう。死ぬ思いをしたんだ。私は子供のように泣きじゃくるフィーネを優しく抱き締めた。

「……私は、フィーネが無事にここにいてくれるだけで、何より幸せだよ」

 私はそんな言葉をかけながら、彼女の背中をさすっていた。そんな私達を気遣って、リバレスはそっとこの場を離れていった。

 

 フィーネが泣き止むまで……一体どれくらいの時間が流れたんだろう。それでも、さっきと何も変わらない夜空と湖は、私達を温かく包んでいた。こんな時が永遠に続けばいい……私は心の底からそう願う……

「……覚えていますか?」

 今は私の隣に座り、湖を見つめているフィーネが突然囁いた。栗色の長い髪が風にたなびいている。

「……君と過ごした日々で、私が忘れた事は何一つないよ」

 私も湖の方をボンヤリ見ながら、ゆっくりと返事をした。言葉の通り、私は全てを覚えている。

「……さっき言った言葉です。私が死にかけた時に」

 その言葉と共に、頬を赤く染めて私を見つめるフィーネの顔が穏やかな月の光に照らされた。

「……勿論、覚えてるよ」

 私も照れながら、真剣にフィーネの瞳を見つめた。自然と、お互いの手が重なり合った。

 優しさと強さと……純粋さと悲しみ……そして、私を想ってくれている潤んだ目が……じっと私の目を見ている。

 伝えようとしている言葉は……リウォルを出る時に言いかけた言葉……死の淵に立って私に伝えようとした言葉……

「……私は、ルナさんが大好きです。世界中で誰よりも!ルナさんは、優しさをいっぱいくれたから……私は、ルナさんが傍にいてくれるだけで、温かい気持ちでいっぱいになるんです。強い心を持ち続けられるんです!あなたは……天使様なのに……私なんかのわがままを何でも聞いてくれて……助けてくれて……怒ってくれて……ミルドの丘から全てが始まりましたね。初めは、ルナさんの事が怖かったけど、今は大好きです。私は、あなたといるだけで幸せな気持ちが溢れてくるんです!でも、私は人間……ルナさんは天使……私の恋は届かない事はわかってます。それに、ルナさんには天界で素敵な恋人がいるかもしれないし……それでも、私が初めて好きになった人だから……どうしても伝えたくて」

 途切れ途切れに精一杯の心を伝えようとするフィーネが愛しくて、言葉が終わる前にわたしは彼女を強く抱き締めた。

「……ありがとう、フィーネ。人間も天使も好きな思いは関係ないんだよ。いや、人間も天使も魂は同じなんだ。私は、他人の為に一生懸命頑張って……懸命に生きて……それでも優しさを人に分けられる。そんなフィーネの方が、私なんかよりずっと素晴らしいよ……君がいたから、私は変わった。君がいたから戦う決意をしたんだ!君は私に無い物をたくさん持っていて……君が私に心をくれたんだ。だから……私はずっと君を守る。これから先ずっと……何があっても」

 

「私もフィーネを愛してるから」

 

 私の正直な気持ちだった。生まれて初めての気持ち……人を愛するという気持ち……何よりも大切に想う気持ち……

「ルナ、さん」

 フィーネは、目を閉じて一筋の涙を流した。その涙は月光に照らされて微かに輝く……

「フィーネ」

 私はフィーネをもっと近くに抱き寄せた……そして、彼女の髪を撫でながら……柔らかい唇に優しくキスをした。

 それは……二人の気持ちが通じ合った瞬間だった。その瞬間は何よりも尊く……大切な瞬間だ……

 心と心がつながって……愛し合う……それが具現化した瞬間なんだ。

 私達に言葉は必要無かった。お互いが触れ合うだけで愛しく思う気持ちが伝わってくる。

 ずっと、傍にいたい……一緒に過ごしたい……そんな想いが私達の心を強く……強く駆け巡る。

 何があっても、私達の心は離れない。どんなに辛い事があっても……苦しい事があっても……

 誰にも邪魔はさせない。私達は誰よりも愛し合っているから……

 ……命ある限りはフィーネと共に生きよう……
私はそう決意した。

 

 穏やかな風が私達を包み……湖の細波が祝福してくれた。星は流れ、月は微笑みかけてくれる。

 私達は、時が経つのにも気付かず……抱き合って、何度もキスをして……夢中で愛を確かめあっていた。

 

The Heart of Eternity is beginning 
in this time……

 

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