〜堕天の時〜

 時刻は午前8時。私達に堕天の刑が執行されるまであと1時間。私達はそれより1時間以上前に起きて身支度を整えていた。

 身支度と言っても大したものでは無いが、200年間人間界で暮らす為に最低限の物は用意した。衣服や小道具、そしてリバレス用のESG、更に本の類。

 此処で、何故私の為のESGが無いかというと、『堕天の刑』は受刑者がESGを摂取することを禁じているからだ。私が人間界で生きる為には、人間が食べる粗末な物を摂取しなければならない。それについては、不安だが仕方が無いだろう。

 もう一つ禁じられている物がある。それは武器だ。天界の武器を人間界で使用すると、余りの破壊力で人間達を滅ぼしてしまう恐れがあるからだ。

 人間の生死など、私達『天使』には知った事ではないが、それでも人間は神が創ったものであることには変わり無い。少しは尊重しておこう。

 それに、武器があろうが無かろうが大した問題では無い。私の力の90%が封じられても人間の数百倍はある。たかだか200年生活する上では心配無いだろう。

 それより、忘れてはならない何より大切な物は『天使の指輪』だ。これは、全ての天使がその存在の証として生まれた時から持っている物で、失えば天使として認められなくなる。だから、例外無く私の右手中指には指輪が光っている。

 これで、用意は済んだ。

「はぁぁ、やっぱり堕天直前ともなると憂鬱ねー!」

 リバレスは昨日に続き、深い溜息を漏らした。

「そうだな、でも今更幾ら嘆いても仕方無いさ。今まで通り頼りにしてるからな」

 私は彼女の頭をポンポンと優しく叩きながらそう言った。すると、彼女の顔はすぐに綻んだ。

「はーい、頼りにされます!」

 本当に素直ないい奴だ。私達は灯りを消して、長い時間慣れ親しんだ部屋を後にした。

 

 再びこの部屋のドアを開けるのは200年後だ。

 

 そう思うと少し胸が締め付けられたが、私達は前に進むしか無い。

「行くぞ、リバレス!」

 私の横で宙を舞っているリバレスに声をかけた。

「ルナ、解ったー!」

 

 こうして、私達は刑を受ける為に裁判所へと向かった。

 途中、道行く天使には声をかけられ励まされ、賞賛の嵐を浴びた。皆の表情は活気に満ち溢れていた。

 ようやく束縛された世界から解放されて、自由に生を謳歌できるのだ。これ程嬉しい事は無いだろう。そして、そのきっかけを作れた私も喜びで一杯だった。

 歓喜が渦巻く中、私達は堂々と裁判所へと歩いていった。これ程喜ばれた罪人は、今までいなかったに違いない。

 

 8時45分。昨日の戦いの傷跡が酷く残る裁判所へと到着した。

「ルナ!昨日は本当に悪かった!お前を助けたい一心だったんだ!」

 裁判所で真っ先に話しかけてきたのはセルファスだった。その必死の表情から、彼の深い反省が伺えた。

「セルファス、気にするな。昨日の偽の弁護には驚いたが、恨んではいない。私の身を案じてやった事ぐらい解ってる」

 私は出来るだけ優しくそう言い聞かせた。彼はその言葉を聞くや否や泣き出した。

「うおぉぉ!すまねぇ、ルナ!200年後に元気で帰ってくるのを心待ちにしてるからな!」

「ああ。必ず元気に戻ってくるさ」

 私は力強く返事をし、セルファスの肩を叩き横を通り過ぎた。彼にはこれ以上の言葉は必要ない。私を理解している友だからだ。

 その後にはノレッジを見つけた。こいつの心の醜さ、いや弱さを私は知っている。彼は私に見付からないようにしているのか、壁を向いて私に背を向けていた。彼は心の弱い天使だから、罪悪感を持っているのだろうか?

 しかし、今は別にノレッジを憎んではいない。私は、心の弱さを罪に問える程立派な天使では無いからだ。私だって心の弱さを持っている。

「ノレッジ!私がいない200年間、成績トップで頑張れよ!」

 その言葉に、ノレッジは一瞬私の顔を悲しそうに見て去っていった。やはり友としての心を忘れてはいなかったのだろう。

 そして、私は裁判所中央の処刑台の下まできた。すると、深い悲しみを湛えた女天使が走り寄ってきた。

「ルナ!200年後のあなたの返事待ってるから!きっといい返事を!」

 ジュディアの顔にはまだ涙の跡が残っていた。その表情と言葉には、私への悲壮なまでの想いが感じられる。

「……200年間ゆっくり考えとくよ」

 それでも、私は無難な言葉を選んだ。優しい言葉をかけるのは簡単だ。しかし、完全に想いを受け入れるのは容易ではない。

「私は、200年間あなたを待つけど、その間に人間の女なんかに毒されたら駄目よ!それだけは絶対許さないから!」

 彼女は声を荒げた。私の心が、人間如きに奪われるのを危惧しているのか?馬鹿馬鹿しい……

「ジュディア、心配しなくてもそれだけはない。人間に毒される程堕ちてはいないさ」

 私は正直な気持ちを言った。その言葉に彼女は少し安心したようだ。

「……解った。あなたを想ってずっと待ってる!気をつけてね!」

 彼女は私に笑顔を見せたが、その光景を悲しそうに見つめるセルファスの方が印象的だった。

 

 そして、私達は処刑台に立った。

 

 時刻は午前9時。それを知らせる掛け時計の音と共に、再び『神』の声が響き渡った。その場にいた全ての天使は沈黙する。

「天使ルナリート、及び天翼獣リバレスを只今を持って200年間の堕天の刑に処す!」

「謹んでお受けします」

 その声と同時に私の全身の力が消えていくのを感じた!体が酷く重い!これが力の封印か!

「天使ルナリートよ、自らを犠牲にし……刑に服するその態度、誠に見事だ。これを持つ事を許可しよう」

 そう言って目の前に突如現れたのは『オリハルコンの剣』だった。

 見事な装飾がされた天界の強力な武器。この剣は、持つ者の精神力の一部を破壊力に変換する能力を持つ剣だ。精神力は神術を使う時のエネルギー源でもあり、この力の強い者程強力な神術を使いこなす事ができる。

 私が戦闘実技でこの剣を振った時には、厚さ2m程の大理石の壁が粉々になったこともある。全ての力の殆どが封じられてはいるが、きっとこの剣は役に立つだろう。私は剣を受け取った。

 しかし、以前は軽く感じた剣が今はとても重かった。

「ありがとうございます!」

 私は重い唇を懸命に動かした。

「それでは200年間、人間界へと堕ちるのだ!」

 私達の体が強力なオーラに包まれる。人間界へと転送されるのだ!

「みんなー!元気でねー!」

 リバレスは皆に向けて手を振りながら叫んだ。だが、オーラは全てを遮断し声は届かない。

 

 刹那の後、目の前が漆黒の闇に包まれた!体中が闇に蝕まれる!

 

「ルナリートよ……200年後に天界に帰って来た時には、人間界へのある重要な『計画』 の指揮を担って貰う事になる。何故ならお前は……『エファロード』 の力を持つ者なのだから」

 

 そう、神が私に言った気がした。『計画』、『エファロード』?何の事だ、解らない。

 答えを見出せぬまま……私の意識は其処で途切れた。

 

 

 

そう……想えば、私の人生は此処から始まったんだ。

覚えてるかい、私と君が出会った日の事を?
私は決して忘れないよ……。君が私を変えたんだ。

短い月日だったけど、
私には今まで生きて来たどんな時間よりも大切で……
心の中では永遠とも思える時間だった。

君は私に、生きていく本当の意味を与えてくれたね……。
私に暖かい心をくれたのも君なんだ。

出会ってから……共に過ごす時間の中で、
君の優しさと強さに触れて私は
少しずつ変わっていったんだよ。

私は生まれて初めて恋をした。
私に『心』を与えてくれた君に。

君と生きた日々はいつでも脳裏に蘇る。
君の声を聞くだけで私は幸せだった。

 

でも、でも、その声はもう届かない。
呼びかけても!

だから私は戦うんだ!
私の生きる意味を取り戻す為に!

悲劇を二度と繰り返させない為に!

 

そう……未来の為に!

 

 

§The Heart of Eternity§

 

『I remember the incident changed me……

and gave me the unescapable destiny.

 

My heart is crying myself silently……

 

Even if a fearful destiny struck us,

I will love you until the end of the time.

 

I want nothing…… 
but I need only one that existence of you.

 

You gave me the heart of eternity…… 

 

I never forget it to wipe out the tragedy’s repeat.

 

So……that was beginning 
the significance of my life』

 

§第一章 天界§

 

 - 完 -

 

 

 

目次 第二章 第一節