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 螢華はトワの夢を見た翌朝、いつもより早く目が覚めた。彼女はもう少し眠ろうかとも思ったが、食卓のある部屋で父を待つ事にした。早めに話しておきたい事があったからだ。

 午前六時、真っ暗な食卓には誰も居ない。最初に起きるのは母で六時半頃、父が起きるのは七時だ。螢華はいつもなら七時半に起きる。彼女は電気を点け、食卓から少し離れた場所にある、ホログラム発生装置に自分の端末をセットした。両親の寝室に音が響かないように、装置のスピーカーを消音モードに切り替える。

 お父さんが起きるまでに、トワのお墓、ううん、向日葵の墓がある場所について調べないと。

 螢華は空間に表出したキーボードを操作し、澪音に教えて貰った地点を検索する。数秒で、その地点に関する情報の一覧が、古い情報から順番にホログラムモニターに表示された。螢華はそれを、虱潰(しらみつぶ)しに見ていく。

 

 名画、「向日葵の墓」が描かれた場所として有名。夏は気温が高いが、冬になると気温が著しく下がる。冬季に積もった雪は、春の終わりに近付くまで融けない。

 

 この地方の主産業は農業で、水稲やメロンが有名である。名画、「向日葵の墓」が描かれた後では、向日葵が多く栽培されるようになった。

 

 過去の情報はこんなものみたいね。現在の状況はどうなってるの?

 螢華がキーを叩くと、地点の衛星写真が表示された。ある程度の起伏は見て取れるが、色は全て同じ。真っ白だ。

 

 年間平均気温、マイナス三十五度。本日、三月四日(土曜日)の気温はマイナス四十二度。大地は凍結しており、人間の居住は不可能。

 

 思った以上に過酷な環境だ。この地域は緯度が高く気温が低いので、地下都市すらない。私はどうやって、向日葵の墓に行けばいいのだろう? 交通手段は飛行機しか無いけど、都市の無い場所に飛行機が飛ぶとは思えない。

 

 やっぱりお父さんに頼むしか無いわ。

 

 両親は螢華が早起きしたのに気付いていたようで、二人共六時半に寝室を出てこの部屋に入って来た。螢華は父が食卓前の椅子に座るのを見計らって、父の隣に立った。

「ん、どうしたんだ? こんな朝早くから」

「ちょっとお父さんに訊きたい事があって」

 彼女は、ホログラムで向日葵の墓の地点を広域地図で表示した。

「この地点がどうかしたのか?」

「お父さんは、全世界の空路を把握してるよね。この場所に行く空路ってある?」

「無いな。この場所を中心とした場合、周囲五百kmは無人だよ」

 即答か。飛行機の操縦まで出来るお父さんがそう言うのだから、間違い無いだろう。でも、諦める訳にはいかない。

 

「私ね、其処へどうしても行きたいの。お父さん、一生のお願いだから私を其処へ連れて行って欲しい!」

 

 螢華は父の手を握って、頭を下げた。彼女は今まで、両親を困らせるような願い事をした事は無い。だからこそ父は、彼女の願いの強さを即座に理解した。只ならぬ雰囲気を感じ、母も彼女の傍に寄って来る。母は料理をしながら、螢華の言葉をしっかり聞いていた。

「駄目よ! そんな過酷な場所に行ったら、怪我をするだけじゃ済まないわ」

 続けて何かを言おうとした母を、父が制止する。

「本気なんだな」

「うん」

 螢華は強く頷いた。すると父は立ち上がり、螢華の端末を操作する。地図を、向日葵の墓がある地点から東に五十km移動させ、かつての空港跡を表示させた。

「この空港の滑走路はまだ使える。しかし、此処に行くには通常運行されている旅客機、貨物機は使えない」

 誰も居ない場所には誰も行かない。そんな場所には、荷物を届ける必要も無いからか。

「でも、行く方法があるのね?」

「そうだ、一つだけだがな。数年に一度、様々な分野の研究者が研究目的で専用機をチャーターし、この空港に行く事がある。それに便乗すればいい」

「お父さん、ありがとう!」

「礼は要らない。何故なら、お前はお客さんだからな。飛行機に便乗させるのは可能だが、運賃を無料にする事は出来ない。お前は本気なんだ、払う覚悟はあるだろ?」

「勿論。それで、どれぐらいになるの?」

 其処で父は、一瞬微笑んだ。螢華は何となく嫌な予感を覚える。

「大学卒の給料なら、二年分の年収と同じぐらいだな」

 貯金するのに苦労しそう……。でも私はあの場所へ行けるんだ!

「私、頑張って貯める。だから、フライトの予定が立ったら必ず連絡してね!」

 父は大きく頷いたが、母は物言いたげな表情を浮かべていた。しかし彼女も、螢華の意思の固さを瞳から汲み取り、何も言わず朝食の準備を進める事にした。
目次 第三章-12