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 十年の歳月が流れ、悠陽は十五歳になった。中学三年、進路を決める上で大事な時期である。この国の義務教育は高校までだが、専門的な事を学びたいのならば、高校は自分の意思で選ばねばならない。かと言って、専門性の高い高校が他の高校に比べて一般教養を疎かにしている訳では無い。一般教養の授業時間はそのままで、専門的な授業時間が追加されるのだ。

 中学が休みだった悠陽は、朝からずっと「向日葵の墓」を眺めていた。

 

「俺はどうするべきだろう」

 

 トワも雪那も居ないこの世界で、絵は描きたくないな。

 また俺は一人か……。もし雪那の意思が誰かに宿っているなら、あの絵に対して必ず何らかのアクションを起こしている筈だからな。

 いつも俺より先に死ぬ癖に、俺の方が先に生まれる。

 

 この世界で俺は何をすべきだろうか?

 決まってる。俺がこの世界に生きた証を残せばいい。雪那に解るように。

 

 向日葵を蘇らせよう。

 折角また生まれて来ても、向日葵が無かったら雪那は寂しがるからな。

 

 その晩、悠陽は母に進路について自分の意思を伝える事にした。

「俺も母さんと同じように、植物学者になるよ。植物学を専門的に学べる高校に行く為に、しっかり勉強する」

 母は驚いた様子も無く頷いた。彼女は、いずれ息子がそう言い出すと思っていたからだ。

「そう、でも大変なのよ。悠陽はこの世界に豊かな緑を復活させたいんでしょう?」

 全てお見通しか。植物学はこっそりと一人で勉強していたつもりなのにな。

「その通りだよ」

「私もその理想を持って、この仕事に就いた。でもね、理想と現実は違うわ。植物学者の使命は、植物を復活させる事じゃ無くて、如何に収穫量の多い食用作物を作るかなの。実験目的で、かつての植物を栽培する事は出来る。でも、その植物は研究室の外に持ち出せないのよ」

「地底環境に負荷を掛けるからだよね?」

「そうよ、だから豊かな緑を復活させるなんて無理だわ。それに、もしあの絵に描かれてるような向日葵を再現しようと考えているなら止めなさい」

 母親とは恐ろしい存在だ。何も話さなくても考えが読まれる。

 悠陽は黙って母の言葉の続きを待った。沈黙は肯定だと母は知っている。

「向日葵はね、種子の保存状態が悪いの。より的確に言うなら、遺伝情報が欠損してる」

 遺伝情報の欠損……。それは即ち、種子を植えただけでは向日葵は復元出来ない事を意味する。もし蘇らせたいなら、欠損した遺伝情報を補完しないといけないのか。

 

 俺の生涯の仕事に相応しいな。地底環境を改善し、一面を向日葵畑に変えて見せる。

 

「それでも俺は、植物学者を目指すんだ」

 悠陽の強固な意志が瞳に宿る。母はそれを見て「頑張りなさい」とだけ言い、微笑んだ。
目次 第三章-11