第九節 雪華舞うシェルフィアが私の膝の上で、深く呼吸を繰り返している。空は厚い雲で覆われ、月も星も見えない。だが此処から見える街の明かりは、燦然と輝く地上の星のようだ。 膝から伝わる彼女の温かみを感じていると、何の不安も沸かない。 髪を撫で続けていると、彼女はピクッと動き、やがて顔を上げた。 「ルナ……、さん」 まだ眠そうな顔。だがその目を見て、私は胸をキュッと締め付けられた。 「おはよう、フィーネ。そしてお帰り!」 目の光が、フィーネと同じだったのだ。靭さ、優しさ、純粋さ、全てが! 「ルナさん……、ルナさんっ!」 彼女が思いっ切り首に抱き付いて来る。私も彼女の背中を抱き締めた。 抑えていた感情が、堰を切ったように溢れ出す! 「んっ……」 私達は夢中で口付けを交わした。会いたかった、ずっと……、ずっと! 君の居ない世界なんて要らない。だからもう、君を離さない! 「会いたかった! 私はずっと……、真っ暗で何も見えない闇の底に居たんです。でも、ルナさんが私を取り戻してくれました」 シェルフィア、否、フィーネが涙声で声を上げる。 「君はこうして戻って来てくれた! 礼の言葉なんて必要ないさ」 「でも……、どうしても一つだけ、伝えたい言葉があるんです!」 彼女の赤い頬を流れる涙が、煌く。私達は目を見詰め合った。伝えたい言葉は私も同じ。 「愛してる!」 「愛してます!」 声が重なる。私は彼女を抱き締めたまま、翼を開き空に舞い上がった。嬉しくてどうしようも無い! 笑いたいのに、涙が止め処無く溢れる。 「あっ!」 フィーネが掌を開き、上空を見上げた。まさか…… 「約束通りだな……」 私達を包むように、舞い落ちる寒花。微光を受けて、花弁は丘へと降り積もる。 「はいっ! ルナさん……、寂しい思いをさせたけど今帰りました。ただいま!」 「ああ……、お帰り」 微笑む彼女が愛おしくて、私は頬を寄せて口付けする。フィーネを失って凍り付いた心が、一瞬で氷解するのを感じた。 「ええっと、ルナさん。あの、お願いがあるんです。聞いてくれますか?」 「何でも聞くさ。今日は、君の心が戻ってきた記念日だからな!」 私は彼女に積もる雪を掃い、優しく頭を撫でた。大輪の花のような笑みが浮かぶ。 「ありがとうございます! お願いは二つあります。一つ目は、ルナさんにとっては慣れないと思いますが、私の事は『シェルフィア』って呼んで欲しいんです。私の心はフィーネと一つになりましたが、シェルフィアとして生まれ今まで生きてきました。だから、生まれ変わった私は、新しい気持ちでルナさんと、もっともっと幸せになりたいんです!」 彼女は十九年間、シェルフィアとして生きてきた。フィーネの心を持っていても、彼女はシェルフィアなのだ。 「解った。名前と姿は変わっても、心は変わらない。シェルフィア、宜しくな!」 私はシェルフィアにそっと口付けする。すると、彼女はとても嬉しそうに微笑んだ。 「良かったぁ……。実は、シェルフィアとしての私もルナさんの事が好きだったんです。名前を呼んで貰えて幸せです!」 そうか、心が一つになったから、二人分の事が全て解るし想いも共有出来るのだ。 「一杯思い出がありますね……。私は全部覚えてますよ」 彼女が私の頭の雪を掃いながら、私の胸に顔を埋める。狂おしい程に愛おしい。 「私も全部覚えてる。でも、今からもっと楽しくて幸せな思い出が沢山増えるから、忘れないようにな!」 「忘れませんよぉ! ルナさんこそ、忘れたら怒りますよ」 彼女が胸の中で首を振った。彼女の温度が、世界の温かさの全てのような気がする。 「それはそうと、お願いがまだあるんじゃ無いか?」 「はい。えっと……」 彼女は耳まで真っ赤だ。この仕草は見覚えがある。最早、二度も言わせまい。 「今夜はずっと二人だけでいような。否、これから先もずっとずっと」 私達は雲を越え、天高く舞い上がる。蒼い月華の元、彼女は私の耳に口を寄せた。 「はいっ! ルナさん、大好きです」 天空でたった二人で、何度もキスをした。地上に下りてからは、手を繋ぎ歩く。私達の未来の道は見えないが、信じていれば二人で歩んでいける。 これから先には険しい道が続くかも知れない。でもシェルフィアが居る限り、私は何処までも強くなれる。不可能なんて無いんだ。 だから、今夜は二百年届かなかった思いを届けよう。愛する君へ。 Snow is forever poured, in order to bless the heart of eternity.
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