第十六節 蒼の輝耀 A
蒼い月光が射すバルコニー。其処に満ちているのは静謐。夕食会が終わり、私達は無言で遠くの潮騒を聴いていた。私には自分の胸の高鳴りも聞こえ、その音が彼女に届かないかと冷や冷やする。だが、時は満ちた。
「シェルフィア、目を閉じて」
「え、はい」
彼女は首を傾げながらも、素直に目を閉じた。
「いいって言うまで、目を開けないで欲しい」
ゆっくりと頷くシェルフィア。私は彼女の体を抱え、翼を開く。そして、蒼月と糠星が煌く空へと飛び立った。
「飛んでるんですか?」
「ああ、もう少しだけ辛抱してくれ」
私は「転送」も駆使し、数分後目的地に辿り着いた。
「目を開けてもいいよ」
「此処は……、あの時の湖」
そう、此処は私達の心が初めて通じ合った場所。二百年の時を経ても何ら変わりは無い。鏡のような湖面は、光が敷き詰められた夜空と雄大な山々、そして私達を映している。時折吹く微風が森の木々を通り抜け、湖に漣を作り出す他に、動く者は私達だけだ。
私達は、ゆっくりと湖畔に降り立った。
「シェルフィア。今日、此処に来たのには理由があるんだよ」
「理由……? 教えて欲しいです」
清澄な空気を伝って、彼女の柔らかな声が届く。
「これを渡したかったんだ」
私はジャケットの内ポケットから、そっと小箱を取り出す。
「え……、何ですか?」
「開けて見てくれ」
彼女が緊張しているのが解る。私の緊張感が伝わったらしい。
「……これは!」
「シェファで作った指輪だよ」
小箱に入っていたのは、虹色の淡い光が煌く宝石がセットされた指輪。私はそれを手に取り、シェルフィアの潤んだ瞳をじっと見詰める。
「私は、永遠に君を愛し続ける。約束するよ、君を必ず幸せにするって。だからこの先に待つ戦いが終わったら……、結婚しよう。この指輪はその約束の証なんだ」
「……はいっ、喜んで!」
彼女の目元が綺羅星の如く光る。私達はお互い、ギュッと抱き締め合った。そして、彼女の左手薬指に指輪を嵌める。幸福な未来を約束する指輪を。
「愛してるよ」
「愛してます!」
私達は湖の上を舞いながら、口付けを交わした。愛する人の存在を確認するように、長く長く。二人の目から涙が零れ落ち、湖に波紋を作る。波紋は、仄かに蒼く煌きながら広がり、やがて湖と同化した。
ようやく、結婚を約束出来た……。君に会うまで、こんなにも心が満たされる事は無かったよ。愛し合える事が、こんなにも幸福だとは知らなかった。
私達の「永遠の心」は、これからもずっと続いて行く。どんな苦難が訪れようとも。肉体の死さえも、私達を分かつ事は出来ない。
戦いを終わらせたら、結婚して幸せな家庭を作ろう。この戦いが、どんな結末を迎えるかは解らない。でも私は、絶対に君の隣に居る。
私には君だけが居ればいい。例え、他に何が失われようとも。エゴでも偽善でも構わない。私は一度君を失って解っているんだ。君が、私の生きる意味そのものだと。
二度と、悲劇は繰り返させない。
明日からはまた大変になるだろう。でも、「今」の積み重ねが「永遠」に至る。私は、君と過ごす刹那を大切にする。
それから、私達は甘く激しい時を過ごした。時間自体が湾曲している、そう感じた。
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