第十七節 (ほん)(せい)

 

 翌日、正式に戦争が終わった。リウォル王が、街の人間を城の前に集め宣言したのだ。同時に彼は、三ヵ月後の脅威に備えて人間達が一致団結する事も約束した。この日を境に、ハルメスやルナ達の存在が全世界に知られるようになる。

 

「よくやったな、お前達!」

 兄さんの歓喜の声が響き渡る。彼の部屋で、リウォルでの事の顛末(てんまつ)を報告した際、彼は始終笑顔だった。百年に渡る確執が消えたのだ、無理も無い。

「はい、後は来るべき日に備えるだけですね!」

「ルナー、シェルフィアお疲れ様ー!」

 修行で疲労したのだろうか、リバレスはふらふらだ。

「ああ、ありがとう。お前もお疲れさん」

 彼女は頷き、私の肩に止まった。そして耳元で囁く。

「ルナー、おめでとう! シェルフィアにルナを独占されるのは寂しいけど、嬉しいわ」

 言葉が出ない、何て鋭い奴。顔が熱い……。どうやら兄さんもとっくに気付いていたらしい。さっきの笑顔にはその意味もあったのか。私はシェルフィアと顔を見合わせ俯いた。

 

 その晩、私とシェルフィアは今後の話を兄さんから聞いた。

 今日は一月十五日で計画は四月四日、私達にはもう二ヵ月半程度の時間しか無い。その前提で兄さんが示した方針は驚くべきものだった。

 今から二月末まで私とシェルフィア、リバレスは力を付ける為に、兄さんが作った「鍛錬場」に行く。其処には、剣術や神術などを強化出来る装置があるらしい。その間兄さんは、人間界の結束強化と「ある調査」を引き続き行なう。

 三月一日、兄さんを除く私達三人は天界に行く為に「贖罪(しょくざい)の塔」を上る。そして兄さんは「冥界の塔」を下るのだ。私達は神に計画を中止させる為、兄さんは獄界からの魔の侵攻を食い止める為……

 人間を守るという観点から考えると、それが一番合理的なのは解る。私はエファロードの力を完全には使いこなせていないし、シェルフィアやリバレスも鍛錬が必要だろう。それに、計画が四月四日と決まっていても、天使や魔はもっと早く来るかも知れない。

 しかし、幾ら何でも無謀だと理性が告げる。私達三人が天界と、兄さんが獄界と戦うのと同義だからだ。だが、それを承知で私達は進むしか無いのだ。人間は私達の守りを突破した天使や魔と戦うが、実質計画中止の為に戦えるのは世界でたった四人なのだから。

 兄さんの最終目標は、冥界の塔を破壊する事。「ある調査」とはこれに関係するらしい。そして私達三人は神を説得するが、神がそれに応じない場合は……、戦う事になるだろう。私と兄さんの父である神と。

「皇帝、貴方はたった一人で戦うのですか?」

 兄さんが話し終えて、シェルフィアがポツリと呟いた。

「否、俺は戦う場所が違うだけだ。俺達四人は共に戦うんだぜ!」

 兄さんの言葉に思わず胸が熱くなる。

「はい!」

 私達は手を重ねた。進むしかない道ならば、何も言わず全力を尽くすだけだ。

 

 翌日から二月末日まで、兄さんを除く三人は鍛錬を積んだ。私はより大きな力を効率良く使えるように、シェルフィアとリバレスは主にコンビネーションの訓練をしたのだ。その結果、当初の想像以上に成長したと言って良い。兄さんは毎日忙しそうだった。皇帝と言う立場で人々を導くのは並大抵の事では無い。特に民を混乱させず、計画の日に備えさせるのには苦心していた。

 

 そして決戦の前夜、私達はフィグリル城の屋上に集まった。この上無く静穏な夜……。冬の終わりを告げる、僅かに暖かな風が私達を包んでいた。空には白月と数多(あまた)の星々。シェルフィアが作った料理と、兄さんが作ったワインがテーブルに並び、屋上の中央には水晶のピアノが置かれている。私達四人はワインが注がれたグラスを手に取った。

「集いし心に、乾杯!」

 兄さんの合図で私達はグラスをぶつけ合い、ワインを飲み干した。

「やれるだけの事はやりました。後はベストを尽くしましょう!」

「平和の為に。幸せな世界の実現の為に!」

「頑張りましょー!」

 四人とも大きく頷いた。揺らぎの無い皆の瞳を見ると、私達が実現したい未来は絵空事などでは無く、確実に訪れるような気がする。

「人間達も一つに(まと)まり、この一月半で強固な守りを築いた。俺が驚く程のな。だから、俺達は俺達の責務を全うしよう。今日は『人間界』で行う最後の晩餐(ばんさん)。しかし、俺達の作戦が成功した(あかつき)には『新世界』で最初の祝宴を開こう!」

 新世界か、流石兄さんは上手い事を言う。計画を中断させ、冥界の塔が崩れればこの世界は確かに生まれ変わるだろう。

「はい! 必ず、全員生きて再会しましょう!」

「ルナさんの言う通りです。約束ですよ!」

 シェルフィアが全員の顔を見回す。兄さんとリバレスは、何故か二人で目を見合わせた。

「ああ、約束だ」

「約束するわー!」

 二人共そう言ったが、何だったのだろう? 一瞬の間は。

「ところで、皆今日は何の日か知ってるか? 空を見るといい」

 空を見上げる。数え切れない程の星屑が、漆黒の天空を流れている。これは……

「流星群!」

「綺麗……」

 シェルフィアとリバレスの視線が、流星に釘付けになる。

「この流星群は百年に一度現れる。俺はこれを『ティファニィ流星群』と名付けた」

 兄さんは微笑みながら、照れ臭そうにそう言った。私でも見た事の無い幸せな表情、其処から感じられるのはティファニィさんへの深愛。

「それじゃー、ティファニィさんにも成功を祈って貰いましょー!」

 リバレスが流星の光を集めるように飛び回り、やがて私の肩に座った。シェルフィアがピアノ椅子に座り、自作の曲を奏で始める。タイトルは「永遠の心」。

 物悲しく切ない、それでいて激しい曲。彼女の、否、私達の人生が集約されたかのような濃密な楽曲だ。曲に合わせるかのように、天空を星が奔る。

「ルナ、シェルフィアを不幸にするんじゃないぞ」

 兄さんが私の背中を軽く叩く。私は「はい」と返答し、頷いた。

 

「ずっと仲良くするのよー! 例え、わたし達が居なくてもね」

 

「え?」

 私が肩に乗ったリバレスに問いかけようとした瞬間、彼女は飛び立ってピアノの上に座った。さっきのは聞き間違いだろうか? それとも、二人だけの時も仲良くしろと。

 だが結局彼女に問い詰める機会も無く、シェルフィアと二人で眠りに就いた。明日からの戦いへの恐れを打ち消すように、激しく愛し合いながら。




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