第二十九節 星石 A「ドンドンドン……!」 誰かが激しくドアを叩いている。時刻はまだ午前五時だけど、私達三人は飛び起きた。リバレスさんが指輪に変化して、ルナさんは走ってドアを開ける。 「ルナリートさん、大変です! 魔物が甲板に」 魔物? ルナさんは頷き、剣を持った。私も手伝おうと、荷物を探る。しかし、私の手をルナさんが止めた。 「二人は此処に居るんだ。リバレス、魔がこの部屋まで来たらフィーネを守ってくれ!」 テーブルの上のリバレスさんが光る。了解したという意味だろう。私は此処を離れる訳にはいかない。足手纏いになる。 「ルナさん、気を付けて下さいね!」 「大丈夫、すぐ戻って来るよ。約束する」 ルナさんはそう言って微笑んだ。少しホッとする。でも、まだ不安で鼓動が激しい。
彼が部屋を出て、五分が経過した。居ても立ってもいられない! 私はリバレスさんにお願いして、甲板が見える所まで行く許可を貰った。リバレスさんは、私の右手中指の指輪になってくれている。 通路を歩き、甲板への扉が見えた。扉の硝子越しに、甲板が見える。 「ルナさんっ!」 「(声を出しちゃダメ!)」 リバレスさんが私の指を締め付ける。ルナさんに、私達の姿を見られてはいけない。心配を掛けるから。でも、今ルナさんは危機に陥っている! 全身が真っ黒な鱗で覆われた、尾を持つ魔物に羽交い絞めにされているのだ。 槍のような尾が、ルナさんの首に突き付けられてる! 危ない! 尾がしなって、ルナさんの顔に直撃しそう! あ、何とか体を捩って避けてくれた。良かった。でも、危ないのに変わりは無い。私が走り出すと、リバレスさんが元の姿に戻った。彼女もルナさんを助けるつもりだ。 私が甲板への扉に手を掛けたその時、予期しない事が起きた。魔物だけが、氷付けになったのだ。氷結した魔物が粉々に砕け散る。一体誰が? ぞくっ……。 凄まじい「敵意」を感じた。魔物の殺気とは別の。「リウォルの浜辺で感じたもの」と同じだ。私はその「敵意」と対峙する事になるかも知れないわ。 怪我をした船員を、ルナさんは医務室まで運んだ。その後朝食、昼食、夕食時にルナさんの様子を伺っていたけど、やっぱり彼は上の空だった。敵意に心当たりがあるのだろう。 リバレスさんが眠った後、私はルナさんの耳に囁く。 「ルナさん、一体何があったんですか? 朝から様子が変ですよ」 部屋の明かりを消しているので、彼の表情をはっきりとは読み取れない。でも、目を見開いたのは解った。 「そうか……。フィーネは鋭いな」 「ずっと考え事をしてるみたいで、心配なんです」 束の間の逡巡。しかし、ルナさんは口を開いた。 「目に見えない、『敵』が恐ろしかったんだ……。でも、私は何があっても君を守る」 「リウォルの浜辺で感じた、恐ろしい『敵意』の事ですよね?」 ルナさんは言葉に詰まった。図星なのだ。 「そうだ。でも心配は要らない。私達の想いは、誰にも邪魔をさせないから」 私はルナさんの胸に、ギュッと抱き寄せられた。此処に居ると、安心する。あなたの鼓動が聞こえるから。あなたが生きているのを実感出来るから。 少し泣いた。「永遠」に、此処に居られる訳では無いと思ってしまったから。 でも、あなたは私が眠るまで、口付けて、髪を撫でてくれた。お休みなさい、私の望みは目が覚めても、あなたが隣に居てくれる事だけです。
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