第二節 雷霆
真冬の足音が近付く十二月六日。その夜、人間界のアトン地区にある、ミルドの村は嵐に見舞われていた。村の南には鉱山、北にはミルドの丘。東は港、西には畑・果樹園がある。この村の主産業は鉱石の採掘であり、この日も多くの男達が鉱山に出掛けていた。
男は鉱山、女と子供は家に居た為、その夜の異変には誰も気付かない。
空高くで、光を放つものが現れた。大きな光と、小さな光。それは天界の住人、ルナリートとリバレスだ。いずれも、急速に落下している。
「おい、リバレス! 起きろ!」
ルナが取り乱してリバレスに叫ぶ。
「ん、なーに? え……、キャァァ!」
落ちている! 堕天は、安全な所に転送では無く、空の上から実際に落とすようだ。落下方向の先には、真っ暗だが微かに地面が見える!
「大丈夫だ! 翼を開けば」
「あれっ、ルナー! 翼が無くなってるわよー」
背中には……、何も無い! 堕天は翼も失うらしい。血の気が引く。どうすれば良い?
「不味いな」
「ルナー! わたしが全力で支えてみる!」
小さい翼を懸命に広げ、私を支えようとするリバレス。だが彼女にそんな力は無い。
「リバレス、止めろ! 無茶だ」
「ルナ、神術は使えないの?」
体を浮かせる神術は……、無い! ならば、最善の手段は……
「リバレス、『保護』を使う。お前も力を貸してくれ!」
「解ったー!」
微弱な、保護膜が私達を覆う。く……、精神エネルギーまで大幅に失っているらしい。それでも、生身の体で地面に激突するよりはマシだろう。
「地面が見えてきたわよー!」
大地が近い、残り数百m! 「ビュオォォ……!」、何だこの風雨は? 天界で、こんな激しい嵐を体験した事など無い!
「ぶつかる!」
眼前に黒い土! 目を閉じようとしたその時、「ピカッ!」、耳を劈く轟音と視界を染める白光が私を襲った。雷だ! 「ドォォン……!」、凄まじい衝撃、全身が砕ける程の! 体の感覚が消えていく……
私は死んだのか? 時間の経過を感じられない。何の音も……、聴こえない。
「……ナ、ルナ……」
聞き覚えのある声、リバレスだ。私は恐る恐る目を開ける。
「ルナ!」
目に涙を溜めたリバレスが、私の胸に飛び込む。
「ぐっ……」
耐え難い痛みが全身を駆け巡った! 私は顔を顰める。
「ルナー、大丈夫なの?」
彼女に傷は無いらしい。それだけは良かった。私は心配をかけまいと、笑いを作る。
「……体中が酷く痛む。此処まで脆くなっているとは。堕天を甘く見過ぎていたようだ」
「天使の体のままじゃ、刑罰にならないもんねー」
全身を鈍器で殴られたような激痛! 思わず目を閉じる。
「うぅ……。お喋りをしている場合じゃ、無さそうだ。何処か、休める場所を」
「動いちゃダメよー! 『治癒』の神術をかけてあげたいけど、今のわたしにはそんな力は残ってない。ルナー、しっかりして!」
眩暈がする。体に力が入らない。目の前が真っ暗に……
「ルナ、どうしたのよー!」
リバレスの声が遠ざかっていく……
「仕方が無いわ。絶対に嫌だったけど、『人間』に助けを求めるしか」
リバレスは、ルナの荷物からESGを十個取り出し、地面に叩き付けた。割れたESGから、光の柱が立ち上る。ルナはその光を朧気に見ながら、意識を失った。
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