第三節 純真暖炉の火が揺れている。その光に照らされる一人の少女。彼女は、絹のように滑らかな、栗色の長い髪を僅かに靡かせ、じっと窓の外を見詰める。 「お父さん、帰りが遅いなぁ」 この世の闇を知らぬような、純粋で穏やかな瞳。だが、その奥には靭い光が宿る。 「もう八時か。七時には帰って来るって言ってたから、ご飯の準備も済ませたのに」 窓の外は強い風雨。時折、雷も鳴っている。彼女の家は煉瓦造りにも関わらず、「ガタガタ」と揺れていた。 「心配ね……。お父さん、大丈夫かな」 彼女の柔らかな声が、不安に曇っている。彼女は立ち上がり、胸のネックレスを握り締めながら、テーブルの上の遺影を眺める。母の肖像だ。彼女が手を伸ばす、その時だった。 「ドーン……!」 窓の外が青白い光で一杯になる。落雷だ、近い! どうやら丘に落ちたようだ。「パタン」と、遺影が倒れた。 「あぁ、びっくりした!」 彼女は胸を撫で下ろし、深呼吸した。遺影を立て直し、窓の外をぼんやりと見る。暗闇の中で、丘のシルエットだけが見える。その光景は不気味で、禍々しささえ感じる。普段は長閑な風景だけに、その異様さは際立っていた。 「もう、お父さんのバカ!」 心の中が不安で一杯になる。唯でさえ最近は魔物が多いのに、一体何をやっているの? お父さんに悪態を吐いてみたが、一向に私の心は晴れない。 ん? あの光は何だろう。丘の上が光ってる。見た事の無い、綺麗な光の柱。 「まさか……、魔物?」 私は恐れている事を口に出した。どうしよう。もしかしたら、誰かが襲われているのかも知れない! それなら助けに行かなくちゃ。お父さんは帰っていないけど、私一人でも力になってあげたい。 彼女は直ぐに身支度を始めた。今着ているのは、黒のシンプルなブラウスと、ベージュのティアードスカート。その上に茶色い皮のコートを羽織る。右手には剣を、左手にはランタンを持った。 雨具は必要無いわ。出来るだけ早く行きたいから。私は、玄関を飛び出す。 少女は吹き荒ぶ嵐の中、可能な限り走り、丘の麓に辿り着いた。 「光が消えた……」 急ごう。大体場所は覚えてる。私は息を切らせながら、光っていた場所を目指す。どうやら其処は窪地のようだ。窪地の中心に何か見える。人だ! 私は大声を出す。 「大丈夫ですか! しっかりして下さい」 斜面を駆け下り、剣とランタンを地面に置いた。声に対して反応が無い。揺さ振ってみても、意識は戻らない。でも生きているみたいだ。脈がある。 私はランタンで、その人と周りを照らして見た。何て事! 此処は窪地じゃ無い、落雷の跡だ! この人は落雷を受けたのだ。さっき私が見た落雷を。 「直ぐに手当てをしなくちゃ!」 私はこの人の腕を取った。背中に担ぐ為に。華奢な腕、私は思わずこの人の顔をまじまじと見入る。女の人みたいに綺麗な顔。真っ赤な髪……。少なくとも、この村の人間では無い。ううん、アトン地区で赤い髪の人がいるなんて聞いた事が無いわ。何処か、遠い所からの旅人なんだろう。 少女は、ルナを背負い歩く。体には、ランタンと剣を結び付けて。重い足取り、だが彼女は渾身の力を込める。自分が救える命は、救いたいから。
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