第五節 僅少午後八時十五分。ルナ達は授業を終えて、神殿の北五百mにある噴水広場の前に集まった。メンバーはいつも通り、ルナ、リバレス、ジュディア、セルファス、ノレッジである。 ノレッジは昼休みに、ジュディアとセルファスに朝の事を謝った。そのお陰で、五人に険悪な雰囲気は無い。 「それにしても、今日も一日長い授業だったよなぁ」 セルファスは遣る瀬無い様子で溜息をついた。苦笑するノレッジ。 「セルファス君、君は毎日同じ事を言って飽きません?」 「そんな事言ってもよぉ、毎日そう思うんだから仕方無いだろ? 勉強は嫌いだぜ」 「セルファス、次のテストはルナに勝つんでしょ。もう撤回?」 諦め顔をしているセルファスに、ジュディアは微笑みつつも即座に喝を入れた。 「おう! 次は頑張るぜ! 俺がルナに勝ったら少しは見直してくれよな!」 「勝てたらね」 拳を振り上げるセルファスと、笑うジュディア。セルファスは益々調子に乗る。 「よし、次こそは俺の時代が来る。次のテストは満点だぜ!」 そのプラス思考と元気は、何処から来るのだろうか? 羨ましい限りだ。 それにしても、セルファスは、余程ジュディアに気に入られたいらしいな。今の所、報われていないが。確かにジュディアは美しいし、私達には愛想も良い。だが、彼女は自分が見下している天使には冷たく、殆どの場合話そうともしない。もし、私の能力が彼女より下になる事があれば、私は彼女にとって友達では無くなるだろう。セルファスは、唯一の例外である。彼のプラス思考を、ジュディアは評価しているのだろう。 「今日はどうする? 十時まで」 私は皆の顔を見ながら、そう言った。私達の自由時間は、学校終了の八時から十時までの二時間だけだ。この貴重な時間は大切に使わなければ。 「ふっふっふ……。決まってるじゃねぇか。四間巡りだぜ」 四間とは、力を司る間、神術を司る間、命を司る間、死を司る間を指し、それぞれに、力、神術、生命力、余命を測る装置がある。その装置を巡る事を四間巡りと言うが、厳密には余命を計る装置は使用禁止となっているので、四間では無い。 「成績が悪かったから、力と生命力で僕達に勝ちたいんですね」 「ははっ、まぁそんな所だ!」 四間巡りか……。「憂鬱」だな。まぁいい、間に辿り着くまでの飛行を満喫しよう。 五人は、背中にある翼を広げ空へと舞い上がった。彼等の目に映る、神殿や下を歩く天使はとても小さい。空には、「紅い月」が浮かび、五人の翼を淡く照らしている。 空を飛ぶ。この時が一番幸せだ。空に包まれていると、『心』は穏やかになり、解き放たれる。窮屈な世界の中で、私が生きている喜びを一番享受出来るのは、この瞬間なのだ。 私達は、噴水広場から北西に十km程飛行し、目的地に着いた。此処は、力を司る間。大理石の外壁と柱、正門には天翼獣の一種である、獅子を象った彫像がある。 「まずは俺から行かせて貰うぜ!」 内部にある、測定装置へ駆け出すセルファス。 「やれやれですね、セルファス君は」 私達はゆっくりと、内部に歩を進める。全員が間に入った、その時だった。 「ドーン!」 思わず耳を塞ぐ。まさか……、十本も倒れるとは! 此処の測定装置は、部屋の中央にある測定部位を殴り、その衝撃で倒れた大理石の柱の数を測定する。その結果が神術によって、空中に数字で表示されるのだ。今回表示された数字は十。一般の天使は二〜五なので、セルファスの力の強さがよく解る。 「見たか、ジュディア、ルナ! 力は俺がトップだろ?」 「ふうん、凄いわね」 ジュディアが悔しそうに舌を出す。確かに、私の前回の記録は、「力を抑えて」九だ。 その後、ジュディアは六、ノレッジは二、リバレスは一という記録を出した。 まさか、私の記録を超えられるとは。仕方無い。一度、本気を出してみるか。 「ルナ、怖気付いたんなら止めてもいいんだぜ!」 「まさか」 目を閉じて右拳に力を集中する。熱い! 拳が、否、腕全体が熱を持っている。目を開けると、右腕全体が神術の炎に包まれていた。私は、恐ろしくなり、拳を前に押し出す! 「ドゴーン!」 耳を劈く轟音。そして、衝撃波! この部屋にいる天使は全て、床に倒れた。柱は全て倒れ、五十という数字が浮かぶ。つまり、測定限界値だ。 私は……、一体何者なんだろう。全ての天使の髪は金色なのに、私は赤色だ。テストだってそうだ。皆は勉強で苦戦するが、私は何もせずとも、千点満点を取れる。今回は、天界の教えにささやかな反抗を示す為に、わざと一問解かなかっただけだ。 その後、命を司る間と神術を司る間に行ったが、結果は同じだった。私だけが並外れている。まるで、違う生物かのように……。皆より高い能力が一つなら、それは取柄になる。しかし、全てなら孤独感に苛まれるのだ。 「もう帰ろう。やっぱり私は皆とは違う」 私は力無く笑った。 だが、束の間の沈黙の後、ジュディアは歓喜の声を上げた。 「流石はルナね! 私が見込んだだけはあるわ。でも、神術はいずれ追い越すからね」 それから一呼吸おいて、セルファスも口を開く。 「また目標が出来たぜ。俺も、次には力で測定限界を出す!」 「僕だって、テストで満点を取ればルナリート君と並びますからね」 友達はいいものだ。私は心の中で、「ありがとう」と言う。 「みんなー、頑張ってルナを超えてよねー」 嬉しそうに、皆の周りを飛ぶリバレス。皆は強く頷く。私を超える事を困難と知りながら、これからも挑戦し続けてくれるのだろう。帰路に就こうと翼を広げたその時、セルファスが叫んだ。 「あっ! 俺は、ルナを超えられる事を一つ思いついたぜ」 「何だ?」 「あの噂、知ってるか? 外出禁止時間の夜中に、『封印の間』正門前の泉から、コップ一杯の水を汲んで帰り、それを飲むと強くなれるっていう」 聞いた事がある。恐らく、高等学部の生徒で知らない者はいないだろう。だが、その噂は出所が不明で、信憑性に欠ける。もし、それを実行した者がいたとしても、決して他人には言えない。それがハーツに知られると、処刑されるからだ。外出禁止時間の外出は「死刑」、神が住まうとされている封印の間に近付くと「魂砕断」である。二つ同時だと、恐らくは「堕獄」…… 「ああ、その噂は知ってる。誰も達成出来ていない事もな」 「なら、話が早いぜ。ところで、今日は何の日だ?」 「レッドムーンですね」 「そうだ。レッドムーンの日は不吉だから、十時以降は「全ての」天使が外出しない。これが意味する所は?」 「警備兵も居ないって事を言いたいのね」 「正解! ルナ、『勇気ある』俺は、今夜『水を汲みに』行く。お前は、どうする?」 ニヤリと笑みを浮かべるセルファス。つまり、度胸勝負という事だな。 「ルナ、止めて!」 「ルナの負けでもいいからダメよー!」 心配してくれる、ジュディアとリバレス。そして、ノレッジは…… 「な……、何て恐ろしい事を……。ぼ……、僕は此処で失礼します!」 一目散に帰っていく。それも無理は無い。こんな事を話し合っているだけで、罪に問われても可笑しくないからだ。だが私は、セルファスの真剣な眼差しを見て決意した。 「私は、勝負を受ける。セルファス、命懸けの勝負になるな」 | |
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