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 緋月と雪那は、花火会場から少し離れた川原に座った。此処は、余り人が来ない割には花火がよく見える穴場で、周りには疎らにカップルや家族連れが居る程度である。

 会場からの熱気が、川からの冷気に冷やされてから、二人を包む。

「此処、涼しいね」

「そうだな、去年見付けた絶好の見物場所だからな」

 雪那は、座ってもずっと俺の右手を握っている。雪那の手は俺の手より冷たい。冬場の雪那の手はまるで氷のようだ。でも、今日の雪那の手はいつもより温かい。雪那が、嬉しくて気分が高揚している証拠だ。

 遠くに見える屋台の明かりが、二人の顔を(ほの)かに照らしている。雪那は緋月の肩に頭を預け、緋月は雪那の肩を右手で抱きながら、左手で髪を撫でる。

「緋月、キスして」

 脳髄に染み渡るような、甘えた声。俺は返事をする代わりに、雪那の唇を奪った。舌を入れると、彼女の温かく尖った舌が絡み付いて来る。この暗闇の中、しかも花火大会だ。誰も俺達を咎める者は居ない。

 薄目を開けると、空には皓々(こうこう)と輝く月が昇っていた。雪那の好きな、真っ白な月。

 

 花火まで後十分か。そろそろ頃合だろう。俺は自分の鞄から、小箱を二つ取り出す。

「雪那、ほら」

 俺は小箱の一つ、赤いリボンが付いた方を雪那に手渡した。雪那のキョトンとした顔。やはり何なのか理解していない。

「え、何?」

「今日、誕生日だろ? プレゼント」

「そうだけど、これ何?」

「開けてみろよ」

 雪那は恐る恐るリボンを解き、小箱を開ける。中身を見て、硬直する雪那。きっともう直ぐ抱き付いて来るぞ。

「これ……」

「ペアリングだよ。驚いただろ?」

 あれ、雪那は俯いている。もっと喜ぶと思ったのにな。

「緋月、ずるいよ」

 泣いてる……。おかしいな、そんな筈では。

「俺、春休みに短期でバイトしてただろ? それで買ったんだ」

「お金は掛けないって昔からの約束なのに」

 そう……だよな。よく考えれば。雪那だって、たまには何か買いたいと思ってた筈だ。

「……ごめん。嬉しく無いよな」

 俺がそう言うと、雪那は思いっ切り首を振った。涙の飛沫が顔に飛んで来る。

「嬉しい! 来年は、私からも何か贈るね」

 突然大きな声を出すなよ。びっくりするだろ。雪那は泣きながら微笑んでる。こんな顔で喜ぶ雪那は初めて見た。

「喜んで貰えて何よりだ」

「ありがとう! ねぇ、指輪付けよ」

 うんうん、それでこそ雪那だ。俺も小箱を開き、指輪を取り出した。シルバーで作られた細身のシンプルな指輪で、内側には名前が彫ってある。俺の指輪には雪那の、雪那の指輪には俺の名前が。俺は自分の指輪を手に取り、指に付けようとする。

「こらっ! 折角なんだから、指輪交換しようよ」

 大袈裟な。結婚指輪でも無いのに。でも、それの方がいいか。

「わかったよ。それじゃ、雪那の指輪からな」

「……うん」

 緋月が雪那の指輪を手に取り、彼女の左手薬指に嵌める。雪那は震えていた。雫が緋月の手の甲に落ちる。その後、雪那が緋月の指輪を手に取ったが、なかなか彼の指に嵌められない。すると緋月は、彼女の手を自分の右手で導いた。

 

 お揃いの指輪が、二人の指で真新しい輝きを放つ。

 

 それから直ぐに、花火が始まった。手を繋ぎ、花火を見上げる二人。だが雪那には、どんなに大きな花火の光よりも、指輪の煌きの方が眩しかった。

目次 第一章-11