11

 

 花火が終わって帰り道に就いても、雪那は指輪の事が頭から離れていなかった。今夜、彼女はなかなか眠れないだろう。

 まさか、緋月が指輪をくれるなんて……。嬉し過ぎて泣いちゃったな。指輪交換も自分で言い出したのに、喜びが一杯で、緊張して、この幸せを失ったらって考えたら怖くて、指が震えた。失う事なんて考えちゃ駄目なのに。

 あの夢の所為だ。怖い夢。何度も見た、生々しい夢。その夢は緋月にだって話した事は無い。きっと、変な奴だって思われるから。でも、今日は話してもいいよね? 緋月は私から離れたりしない。私を恋人にしてくれて、指輪までくれたんだから。

 雪那は葛藤の末、決意をした。そして雪那は立ち止まる。

「ん、どうした?」

 緋月が振り返り、怪訝(けげん)な顔で雪那を見詰める。

「話、聞いてくれる? 歩きながらでいいから」

「ああ、重大な話か? テスト前みたいに真剣な顔をしてるぞ」

 流石緋月。私の表情や感情の変化を一瞬で気付いてくれる。

「うん、これは誰にも話した事の無い話なの。笑わないで聞いてね」

 緋月の顔から笑みが消える。そして彼は頷き、雪那に話すよう促した。

「私ね、夢を見るの。ずっとずっと遠い昔の夢」

 雪那は自分の脳裏に焼き付いた夢の全てを、吐き出すように話し始めた。

 

 何処までも見渡せる広い大地。道路もビルも無い。でも、人は沢山居る。沢山と言っても、今の街程じゃ無くて、水場の近くの集落に百人程度が居るだけ。集落の家は簡素な造りで、浅く掘った地面の上に柱を立てて、その上に植物を被せただけのものだった。冬の寒さは今よりもずっと厳しくて、体力の無い子供やお年寄りは毎年沢山亡くなった。

 男は野生動物の狩りを行い、女は子育てと食用の植物や貝の収集に追われる毎日。「彼女」は小高い丘の麓の集落に住んでいて、周りの人から「トワ」と呼ばれていた。彼女が生まれてから、十五回冬が訪れたので彼女は十五歳ね。

 トワの事は全て解るわ。何故なら、彼女が見たもの、感じた事、触れたもの、それがまるで自分の事のように伝わって来るから。その感覚は、私が「トワ」だと言っても差し障りが無い程のものなの。

 トワは歌うのが好き。食糧の採集や、調理などの時間を除いて、彼女はいつも歌っていた。特に丘の上で歌うのが好きで、彼女の声は集落にいつも響いてる。トワの歌は人気があって、遠く狩猟から帰って来た男達が彼女の声を聞くと、戻ったという実感が沸くらしいわ。集落の中でも、彼女は老若男女問わずに愛された。

 トワは見た目も可愛らしくて、毎日のように男に求婚された。でも彼女はどの男にも興味を抱かない。彼女は、歌う以上の喜びはこの世に無いと、固く信じていたから。

 

 夏のある日の昼下がり。その日もトワは、丘の頂にある真っ白で平らな石の上で歌っていた。その石の上に乗れば、集落だけで無く彼方の平野や湿地まで見渡せる。だからこそ彼女は真っ先に気付いた。自分の集落に、見知らぬ男達が近付いて来るのを。

 トワは走った。集落の人間にその事を伝える為に。集落に居る男達が武器を取って構えているのにも関わらず、見知らぬ男達は集落に入って来た。それもその筈。その男達は、トワの集落と交易している、一つ山を越えた向こうにある集落の人達だったから。

 トワは集落に居るのが恥ずかしかったから、丘の上に戻って歌い始めた。暫く歌っていると、一人の男が近付いて来た。でもトワは、不思議とその男に警戒心を抱かなかった。

「歌、上手いね」

 トワと年齢はほぼ同じぐらいの男。でも男は、細身の割に筋肉質で、一人前の狩人の顔をしていたわ。力強い、自信に満ちた顔。僅かに幼さは残っていたけれど。

「ありがとう」

 トワは素直にそう言った。彼女は、知り合いなら誰でも気さくに話すけど、見知らぬ人と自然に喋る事は珍しい。何故トワが彼と話が出来たのか、私には解る。彼は、自分と同じような空気を放っていたから。普段の生活の中で満たされている筈なのに、不意に孤独に陥る者しか持ち得ない空気を。

 彼は「ケイ」と名乗った。ケイは、一週間程度この集落に滞在するらしい。

 トワは彼と毎日話をした。彼は、狩りの技術は半人前だけど、石に描く絵の技術は卓越していた。土や石を用いて、彼が見たものを正確に石に描く。トワが歌い、隣でケイが絵を描く。そうして、一週間は瞬く間に過ぎた。

 ケイが帰る日の朝、トワは一人で丘の上で泣いていた。彼に当分会えない、それが寂しかったの。そんな気持ちは初めてだった。山向こうに住む男達が集落を出て行く。その時だった。朝陽を背に受けて、ケイが現れたのは。

「ケイ!」

 トワは走った。ケイ達がこの集落に来た時と同じように。でも、その時と気持ちは正反対。そして、駆け寄るトワをケイが受け止めてくれた。

「トワ、この絵を受け取って欲しい」

 彼が差し出した絵。それは、石の上で歌うトワの絵だった。トワが「ありがとう」と言おうとした瞬間、突然彼女はケイに抱き竦められる。

「俺と一緒に来て欲しい。結婚しよう」

 驚いた、けれど嬉しかったわ。その時の嬉しさ、彼の温かみを私ははっきりと覚えている。トワが、人生で一番幸せだった瞬間だから。

「うん、私もケイとずっと一緒に生きて行きたい」

 その後、ケイはトワを連れて集落に向かった。トワの両親に結婚の挨拶をする為に。

 

 私の夢は其処で終わり。これが、今までに少しずつ見た夢の全てよ。

目次 第一章-12