際限無く噴き上がる溶岩が、やがて空に一本の亀裂を走らせた。その罅からも、血のように赤い液体が流れ落ちる。あらゆるものが、溶岩とその液体で赤く見える。空、海、大地、森、湖、街、人々、真っ白な雪原さえも。
溶岩は大地の怒り。赤い液体は空の涙。何も知らない者がこの光景を見たならば、畏れ戦き一つの言葉しか発する事が出来ないだろう。
「世界の終わりだ」と。
一閃、目を焦がすような眩い白光が罅から迸った。
その直後、溶岩と液体の赤は『白』に貫かれ、砂塵となって消える。
〜祈り〜
「皆、今から戦いが始まる。私達の守護神、ルナリートの勝利を信じて祈って!」
ジュディアがミルドの丘の上で、眼下の群集に呼びかけた。人々もそれに呼応し、声を張り上げながら拳を高く突き出す。
「強い思いは必ず届く。私達は祈る事によって一緒に戦ってるの!」
彼女は自分の声をミルドだけで無く、人間界にいる全ての人間へ届けている。ありったけの『転生』の聖石を使って。
祈りは気休めでは無い。人々の祈りの力は、実際にルナリートの元へ転送されるのだ。
人々は目を瞑り、一心に祈りを捧げる。子供も大人も老人も一様に、跪き手を合わせながら。願いは一つ、「ルナリートが勝ち、明日を迎えられる事」だ。
やがて、世界が真紅に染まる。シェ・ファの復活が近い。
その頃、獄界でも全ての魔が宮殿を取り巻き、祈りを捧げていた。魔にはキュアが既に現況を伝えている。
魔の願いも人間達と同じだ。彼等は声も出さず、微動だにせずひたすら心の中で祈り続ける。
その祈りを妨げるかのように、獄界を仄赤く照らす溶岩が、突如激しく蠢き出した。だが彼等は動じない。主君の勝利を固く信じているからだ。獄界全体が鳴動し、足場に亀裂が入ってもそれは変わらない。
彼等の祈りもまた、星剣フィアレスの力となる。
一段と大きな揺れが獄界を襲った。最後の戦いが始まるのだ。
魂界は今まさに消えようとしていた。
全ての魂、そして界そのものが次々と純粋なエネルギーに変換されてゆく。記憶、思い出、心……。それらは全てルナリートに委ねられるのだ。
先代の神と獄王は息子を思い、ティファニィはハルメスに届かぬ愛の言葉を囁き、セルファスはジュディアとウィッシュを心に浮かべて涙を流し、ノレッジとレンダーは手を繋ぎながら消えた。
唯、Lunaを信じて。
〜永劫火〜
「うあぁぁ!」
指輪を持つ右手が炎に包まれる!否、そう思った刹那私の体全体が燃えていた。全身の細胞が死滅する激痛が体を駆け抜けた後、無尽蔵のエネルギーが私の魂に流れ込み、宝石シェファを核として『精神体ルナリート』が再構築されてゆく……
肉体の私は死んだ。もう戻る事は二度と無い。
精神体になった瞬間から、人間界だけでなく獄界の意識が全て私に流れ込むようになった。全ての人間、魔、その他の生物の感情が手に取るように解る。魂界に居た時、それは想像を越えた苦痛だと思っていたが、そうでは無いようだ。私に伝わってくるのは、未来を願う切なる祈りが殆どだからだ。
シェルフィアとリルフィ、キュアは戦いの場まで付いて来る。少しでも近くで戦いのサポートをする為だ。シェ・ファに彼女達を殺させはしない。私が必ず守るから。
私は全員を、『転送』の膜で包んだ。空に入った白い罅の中心へ向かう為だ。其処にシェ・ファは居る。
景色が瞬時に移り変わる。次に瞬きする頃には、敵の眼前だ。
白。目に大量の眩い白が飛び込んでくる。空を垂直に入った真っ白な罅、罅から零れ落ちる白砂、海を塗り潰す絵の具のような白。そして、純白のローブを纏い、透き通る程色が白い存在シェ・ファ!
封滅で封じ込めた時から何も変わっていない。潔癖で近寄り難い美しさ、閉じられた瞳、無感情な顔。表情を変える事無く、彼女は口を開いた。
「生命体が、精神体になるとは。予想はしていましたが、まさか実行するとは思いませんでした。ですが、状況は以前より悪化しています。魂界が消えた今、私が貴方を倒せば生命の循環は永遠に断たれる。よって、肉体を失った全ての魂は私と同化する以外の選択肢を失ったのです」
私は星剣フィアレスを抜き、彼女の眉間に突き付ける。
「お前は私に倒される。そして、生命は巡り続けるだろう」
眉間から一筋の血が流れる。私の力を注いだ剣での攻撃は彼女にも有効だという証明だ。
「精神体ルナリート・ジ・エファロード、星剣フィアレス・ジ・エファサタン、星鎧ハルメス・ジ・エファロード。貴方達の力は私に匹敵するようですね。それならば、私も本気を出さざるを得ない」
彼女は右手を宇宙空間に向けて広げ、左手を自分の胸に当てる。
この隙にシェルフィア、リルフィ、キュアを戦いの中心から遠ざけた。彼女達は、空中で巨大な三角形を作り私達に力を注ぐ。シェルフィアは精神体の私に人間界から集めた祈りの力を転送し、リルフィは自分の力を兄さんに送り『保護』能力を高める。そして、キュアは獄界の力を一身に受けそれをフィアレスに送っているのだ。