【第四節 The Heart of Eternity】
「随分遠い所まで来たな」
私は一人呟く。此処は、フィグリルの神殿の屋上にあるテラスだ。
現在の時刻は、午後9時。家族で夕食を済ませた後、私は「散歩してくる」と言って城を出た。
粉雪が街の明かりを受けて明滅している。まるで、生命の営みを象徴しているかのようだ。生きては死に、死んでは生きる。その繰り返しが太古から現在に至るまで脈々と続いて来た。
だが現在、生命の営みは停止している。魂界が魂を現世に送り出せないからだ。現在の魂界が受け持つ最後の役目は、私のエネルギーになる事。
此処数日、全身に悪寒が走る頻度が増した。戦いが目の前に迫っている証拠だ。そろそろ、シェルフィアには本当の事を話さなければならない。私が『精神体』になる事、そして二度と……
「永遠の約束。お互いの魂が離れても、約束の場所に集い必ず再会する事。何度生まれ変わっても、永遠の心に刻まれたその約束があれば、一緒に居られる」
不意に、私の頬を涙が伝う。約束を交わしたこの場所に居るからだろうか?それとも、その約束はもう『果たせない』と気付いてしまったからだろうか?
「そう、此処で私達は永遠を誓いました」
シェルフィアの声!私は慌てて涙を拭い、笑顔を作って振り向いた。
「ルナさん、私は幸せですよ」
あの時と同じ言葉、212年前と。
「ああ、私もシェルフィアとリルフィが傍にいてくれるだけで幸せだよ」
私も同様に、昔の言葉を少し変えて返事した。
「ルナさん、ギュッてして」
甘えた表情、私は微笑んでシェルフィアを強く抱き締める。彼女の身体は少し冷えている。私を追って歩いて来たのだろう。
それから暫く経ち、彼女の身体は温まったが何故か震えている。私が彼女の髪を優しく撫でると、彼女は潤んだ目で私を見詰めた。無言の彼女、私は目を瞑り彼女に口付ける。
深く長いキス。二人の全身が溶けて、混ざり合うような。今まで、何度彼女とキスをしてきたのだろう?その度に思う。私はこの時の為に生きてきたのだと。
「んっ」
シェルフィアが声を漏らしたので、私はふと目を開く。すると、彼女の目尻に涙が薄っすらと浮かんでいるのが目に入った。
「どうしたんだ?」
私はハンカチを出して、彼女の涙を拭って訊いた。
「私は、貴方がいない世界では生きられない。たった二年だけど、毎日が本当に辛かった」
俯き、震えながら話す彼女。私が出来る事は唯、彼女を胸に抱き、生きている温かみを彼女に伝える事。
「もう、嘘はつかないでね。ルナさんは、シェ・ファと戦ったらどうなるの?」
自分の表情が凍り付くのを抑えられない。全てを話す時が来たのだ。
「落ち着いて、聞いて」
私が真剣な顔で彼女を見詰めると、彼女は強く頷いた。
「まず、私はシェ・ファと戦う為に『精神体』になる。シェルフィアに渡した婚約指輪の石を媒体にして」
シェルフィアが呼吸を止めて目を大きく見開く。この言葉の意味を理解したのだ。
「戻れるのよね?」
彼女が私の服を掴んで揺さぶる。だが、私は静かに首を振った。
「一度精神体になると、肉体には戻れない」
「再会して直ぐなのに、私達はまた離れるの?次の転生まで何年かかるか解らないのに!?」
半ば叫ぶような声。その気持ちは痛い程解る。だが、私はもっと辛い事を告げなければならない。
「転生も出来ない。魂界は、私を精神体にする為に消えるから」
「嫌!」
今まで聞いた事の無い、シェルフィアが私を糾弾する叫び声。彼女は顔を真っ赤にして泣いている。
「それじゃあ、私達は二度と会えないの?約束の場所で、幾ら待っても!?」
「……ごめん」
私がそう言った直後だった。
「バシッ!」
彼女の平手が私の頬を叩く。シェルフィアに叩かれたのは、初めてだ。だが仕方無い、私は酷い事を言っているのだから。落ち着いて聞くなど無理な話だ。それでも私は、彼女に話し続けなければならない。
「私はシェ・ファを倒した後、新たな魂界を創る。それは私にしか出来ないんだ」
その言葉を聞いたシェルフィアの表情が青褪めていく。
「どうして他の人じゃなくて、貴方が」
私は再び彼女を抱き寄せる。彼女の荒い息遣いを落ち着かせる為に、髪と背中をゆっくり撫でながら。
「それは解らない。でもこれだけは言える。私は、君を愛しリルフィを守る為に生まれてきたんだ。私が魂界を創る事によって、二人を未来永劫守る事が出来る」
「……貴方は魂界を創ってどうなるの?」
「私は魂界を治め、現世を見守り続ける事になる」
長く、長く彼女の嗚咽が私の胸に響く。