「此処は『記憶の層』。魂に刻まれた記憶を洗い流し、生前の柵から解き放つ為の層」
荘厳な声、疑惑を挟む隙など微塵も無い整った声。一体私に何が起こったのだ?
「記憶は解放の妨げ。流れた記憶は層に蓄積され永遠となる。何も心配は要らない。魂が記憶の呪縛から解放された時、次なる世界への飛翔が可能になるのだから」
声は其処で終わった。だが、何度も何度も私の精神の中で言葉が繰り返される。
「記憶を洗い流し……呪縛から解放された時、次なる世界へ」
皆、生きても死んでも記憶の中で葛藤しているのだ。
幸せな記憶、悲しい記憶……。いつも記憶は、精神の中心にある。記憶があるから人は苦しみ、記憶があるから人は強く生きていける。
此処に来てから、何度記憶を巡らせた事だろう?その度に、私の精神は大きく揺れ動く。
無限の静寂、流れているかどうかも解らない時。自分の知識では何一つ読めない先。その中に浮かぶ、『私』という脆弱な精神。
「記憶を洗い流せればどれだけ楽だろう」
ふとそんな考えが過ぎったのを必死で打ち消す。
「フィーネは記憶を失わずに戻ってきた!ちゃんと永遠の約束を寸分も忘れずに」
「だが、このままで転生する事が可能なのか」
「黙れ!」
「フィーネとお前は違う。彼女を愛したのは、彼女の強さがお前に無かったからだ」
「……そうかもしれない。でも!」
「お前は、シェルフィアとリルフィとの約束を破った。自ら死を選ぶ事で、二人にどれ程の苦痛を与えるか知りながら」
「二人を守る為にはそうするしか無かったんだ!」
「記憶を失っても誰も咎めはしない。次に生まれ変わる時、彼女達が再び記憶を持って現れるかも解らないのだから」
「そんな事は無い、何度でも思いだせる筈だ!」
自己の記憶、精神の衝突……。このままでは、私は私で無くなってしまう!
だがその時、凪いだ水面のように微笑むフィーネがはっきりと私の前に『現れた』。
精神の中に像を結んだのでは無く、目の前に現れたとしか思えない!
「ルナさんは決して弱くないわ。怖がらないで、いつもの靭さを取り戻して」
彼女の手が私に触れる。否、私の魂に……
何と温かい、そして優しい感触。
「ルナー、しっかりしてよねー」
リ……リバレス!?
私の周りを嬉しそうに飛びまわるその姿は、見間違えようも無い!
やがて彼女は私の肩、私の魂に留まった。懐かしく愛しい存在。
二人が私と溶け合ったと思った瞬間、私は別の風景の中にいた。
柔らかなベッドの上……。リルフィを挟んで、シェルフィアと共に。
「ルナさん、未来を信じて。必ず、また三人で会える」
「パパは何でも一人で抱え込もうとするのが悪い癖よ。パパは一人ぼっちじゃない」
私は微笑んだ。そうだ、何を恐れる必要がある?
永遠を誓った約束を信じ、二人を想うだけじゃないか。
待つ必要も無い。このまま行こう、次の世界へ。