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 俺は居た堪れない気持ちになり、リウォルへと向かった。

 

 何処だ、此処は!?何も無い焼け野原に薄く積もる粉雪。城も街も、俺の知る何もかもが此処から失われている!酷過ぎる。シェ・ファはその気になれば、この星から生命の痕跡さえも消す事が可能なのだ。

 焼け野原を見ていると、此処に街が存在していた事さえも疑わしくなる。だが、大地の上で煌く小さな物体を見つけて俺は走り寄った。これは……日記。

 

「僕は、ノレッジ・ワンダラーズ。この日記には、人間界に来てからの出来事を書く事にした」

 

「今日、僕は初めて人間と言葉を交わした。ルナリート君の言う通り、彼等は僕達と同じだ。姿も、知能にも相違は無い。魂は平等なのだから、当然だけれど驚きだった」

 

「今日から僕は、リウォルの街を治める事になった。僕には頼りない所があって不安だけど頑張ろう!」

 

「本当に、皆の学問に対する意欲には舌を巻く。彼等のお陰でこの世界の技術進歩は成り立っているのだ」

 

「この街に、レンダーという少女がいる。彼女は生まれてから今迄、家から殆ど出た事が無いらしい。僕が力になれる事があれば、何でもしようと決めた」

 

「レンダーは20歳になった。喜ばしい事だ。でも、彼女の健康状態は決して良いとは言えない。僕は毎晩祈っている。彼女が元気で幸せな人生を送れる事を」

 

「彼女の健康状態は極めて悪い。僕は、仕事の傍ら一人で病気の研究も始めた」

 

「僕は彼女が好きだ。彼女は、苦しい境遇の中でも懸命に生きている。死なないで欲しい。出来る事ならば、僕が代わってあげたい」

 

「レンダーが吐血したらしい。心配で他の事が何も考えられない」

 

「彼女を救う事が出来た!禁断神術の反動で時折、体が痛むけど、この幸せに較べればどうって事は無い!」

 

「毎日が幸せだ。この幸せの他に、僕は欲しいものなど何も無い」

 

「戦いが始まる。レンダーと結婚するのは、先延ばしだ。でも婚約指輪は既に用意してある」

 

「一旦、日記は中断する。戦いの準備が忙しいからだ。次に日記を書くのは、戦いが終わり世界に平和が訪れた時だ。言い換えれば、僕とレンダーの結婚記念日でもある」

 

 涙で文字が霞んで見える。ノレッジも、レンダーも死んだ。苦労してようやく掴んだ幸せだったのに!俺は、この世界を守ると誓いながら大切な人々を守れていないじゃないか!

 粉雪の上に座り込む。何がエファロードだ。何が神だ。俺は無力な『一人』じゃないか。

 

〜覚悟〜

 どれぐらい呆然としていたのだろう。ふと我に返ると、俺はミルドの上空にいた。意を決してミルドの街の様子を見る。

「酷過ぎる!」

 俺は、自分の瞳に映った光景が信じられず街に降り立った。遠目で見たものが偽りだと思い込みたかったからだ。だが、現実は現実として無感情に目に飛び込んでくる。厳然たる事実。

 リナンでは人々は白い灰、リウォルは街そのものの完全なる消滅、そして此処では人々は『白い焼死体』だ!

 リナンとリウォルでは、原型を留めた死者はいなかった。だが、此処では死者の全てが白く焦げて街を埋め尽くしている。

 涙が溢れ、憎しみの炎が自身を焼き尽くそうとしている。

 しかし、突如冷たい風が俺の中を吹き抜けた。平和な日常を余りにも逸脱した目の前の凄惨な光景が、逆に俺を冷静にさせたのだ。否、『覚悟』が出来たと言う方が正しいだろう。覚悟が出来た者は冷静でいられる。この先、『私』が『俺』になる事は無いだろう。

 今はまずセルファスの下へ行かなければ。

 

 ミルドの丘、約束の場所。其処でセルファスは生き絶えていた。私がかつて堕天した場所から育った大樹の根元で、彼は安らかな微笑みを浮かべて眠るように。だが手には、刃先が溶けて崩れた聖剣が握られており、最期まで戦った事が明白だった。胸を貫かれ、白い彫像のような姿になった彼を、私はそっと抱き起こす。

 幼い頃から共に育った親友。毎日学校で勉強に行った事、夜中に抜け出して遊んだ事、人間界での日々……。それらが胸を掠める。私はたった一日でその二人を失った。心は冷静なのに、涙が止め処なく頬を伝う。これ程涙を流したのは、フィーネを失って以来だ。

 私は彼の手を取り、『蘇生』を試みる。だが、彼の魂は既に此処には無く手の施しようが無かった。

 

「(セルファス、ノレッジ、皆、本当に済まない。だが、約束する。これ以上の犠牲は出さない。『覚悟』が出来たからだ。)」

 

 シェ・ファが再来する前に、セルファスと街の人々を埋葬しなければならない。そう決意した時だった。

「セルファス!」

「パパぁぁ!」

 ジュディアとウィッシュが『転送』によって現れ、セルファスの亡骸に縋り付く。

「ルナさん、どうして一人で!」

 続いて、シェルフィアが私を糾弾する声。だが、彼女は言葉を止めた。私が感情の濁流を胸に収め、悲壮な覚悟を纏っている事に気付いたからだ。

「もう一度約束して……。絶対に離れないって。私と、リルフィを置いて行かないで」

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