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 十月の終わり頃から、緋月達が住む地域には雪が降り始めた。今日は十一月二日だが、一面が銀世界だ。それでも浅く積もっているだけなので、まだまだ冬の到来とは言えない。雲は厚く天穹(てんきゅう)を覆っており、直ぐにでも雪が零れ落ちそうだ。

 緋月は、冬の制服であるブレザーの下にセーターを着て、制服の上には黒のコートを羽織っている。勿論首にはマフラーだ。今日も彼は、真っ白になった畑の前で雪那を待つ。

「うー、寒い」

 こんな日ぐらい、早く出て来いよ。俺を凍死させる気か。それはそうと、今日の夕食はどうしよう? 両親は今日から二人で旅行だから、俺は自分の食事だけ考えればいい。いつもは自分の分と、両親の分を考えて料理するんだが。自分一人分の料理を作るのに時間を掛けるのは面倒だ。雪那の家で頂けたら助かるな。

 緋月がそんな事を考えていると、雪那が家から現れて走って来た。彼女もまた緋月と同じように厚着だ。ブレザーの下にはセーター、上には雪のように真っ白なコート。マフラーはコートと同色で、ホワイトカシミアが使われている。

「お待たせ!」

「待たせ過ぎだ。行こう、早くバスに乗って温まりたい」

「うん」

 緋月は右手の、雪那は左手の手袋を外す。そして、二人は緋月のコートの右ポケットに手を入れた。そして、ギュッと手を繋ぐ。

 やっぱり雪那の手は冷たい。寒くなると起きるのが辛く、寝る時もなかなか寝付けないらしい。少しでも俺の手で温まればいいが。

 緋月と雪那は、冬用の靴で転倒しないよう慎重に歩く。頬を刺す寒さと雪道で二人は言葉を交わす余裕が無かった。バス停に着き、二人は手袋を取ってペアリングを外す。高校でお揃いの指輪を見付けられようものなら、どれだけ冷やかされるか解らないからだ。

 バスが近付いて来る。あ、そうだ。今日の夕食、頂けるかどうか聞かないと。

「雪那、今晩雪那の家で夕食頂いてもいいか?」

「ん、いいけど珍しいね。家に食べに来るのは長期休暇の時ぐらいなのに」

 雪那はパッと目を見開き微笑む。緋月と居られる時間が増えるのは彼女にとっての至福だから、彼の申し出を断る筈も無い。

「じゃあ頼む。あぁ、今から楽しみだな、あの美味い料理が食べられると思うと」

「ふふ、ところで何で今日来る事にしたの? 今日は普通の木曜日よ」

 何気無く聞く雪那。緋月も別に大した事じゃ無いと前置きした上で、何気無く言う。

「明日から連休だろ? 今日から日曜まで両親が旅行に出掛けるんだ。自分の為だけに料理を作るのも面倒だしな。だから、おばさんの料理が食べられるなら最高だって事」

「ふーん、おじさんとおばさん、相変わらず仲良いんだね」

 緋月が苦笑を浮かべると、雪那は急に黙った。何かを思い付いたかのようなハッとした顔を浮かべたかと思うと、次は真剣に考え込む顔に変わる。緋月はどうしたのかと訊いたが、雪那は何でも無いと答えるだけだった。

 バスの窓を、雪を被った薄(すすき)が通り過ぎる。秋から冬へ、季節は音も無く誰も気付かない速さで移り変わっていくのだ。

 二人は学校の近くのバス停で降りた。周りは学校の生徒で一杯だ。校門が見えた時、雪那はいつも通りの自然さを装いながら口を開く。

「あ、今日はやっぱり私が料理を作るから、泊まりに行ってもいい?」

 雪那が料理を作ってくれるのか。それもいいな。俺は世間話でもしているかのような雪那の口調に、気軽に「ああ」と答えた。答えた後に気付く。雪那が「泊まりに行ってもいい」か俺に尋ねたのを。雪那が家に泊まりに来たり、俺が泊まりに行った事は過去に何度もあった。だがそれは全て、中学に入る前の話だ。今は二人とも高校生で、しかも恋人だ。雪那はそれを解っているのか?

 確実に解っているだろう。だからこそバスに乗る前から不自然な態度だったのだ。だが、幾ら俺と雪那が長い付き合いだとは言え、彼女の両親が娘を男の所に外泊させるのを許すとは思えない。雪那が上手く取り繕って俺の家に来たとしても、おばさん達に顔向け出来ない気がする。

 緋月が雪那に「やっぱり駄目だ」と言おうとした時には、彼女はいつの間にか級友に囲まれており、彼は話を切り出せないまま雪那と離れて自分のクラスに向かうしか無かった。

 偶然では無く、雪那は其処まで読んでいた。校門に近付き、自分の友達が視界に入ってから話を切り出そうと、バスの中で考えていたのだ。

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