第二十節 慧智(けいち)

 眠い。三時間の仮眠じゃあ、わたしの体力は回復しない。でもルナもシェルフィアも起きてるし頑張らないとね。

 ルナの肩に乗り更に上層を目指す。六時間程で、千五百階に着いた。さっきより随分ペースが上がってる。心なしかルナはしんどそうだ。

「来ましたね、愚かな脱落者が!」

 細身の、何より眼鏡が似合う秀才ノレッジ! 相変わらず性格が悪いわねー。

「お前まで、私の道を閉ざそうとするのか?」

「君のような屑(くず)を通す理由が、僕には見当たらない。神の名を受け継ぐ者でありながら、天界を背く愚かさに言葉も有りませんよ」

 見下したような笑みを浮かべ、ノレッジは首を振る。この男はもう友達なんかじゃない。

「そうか……。お前はさぞ嬉しいだろう。私が天界から消えて、念願のトップになる事が出来たのだからな」

 ルナの声が刺々(とげとげ)しい。何だかんだ言って、友達だと信じていたのだから仕方が無いけど。

「いいえ! 元々、僕の方が優れた頭脳の持ち主だったのです。君が居ても僕はいずれ天界一になっていた。それを見せられなかったのが残念ですよ。それに……、これから先もそれを見せる事は出来ない。何故なら、君は此処で力尽きるのだから!」

 ノレッジが、かつて神官ハーツが使っていた豪壮な杖を掲げる。ルナも渋々剣に手を掛けた。ダメ、こんな奴相手にルナが力を使うなんて。勿体無いわ。

「ルナー、ノレッジの相手はわたしがするわ。ルナは休んでていいわよー!」

「リバレス、お前には無茶だ!」

 案の定止められた。でも鍛錬を積んだわたしは、ノレッジに負けたりしない。

「大丈夫よー! 友情を裏切った奴の相手なんてわたしで十分。いつも守られてばっかりだから、たまにはいいとこ見せるわー!」

 ルナが右手中指と薬指を額に当てる。考えている仕草。一秒足らずの沈黙があった。

「……解った。無理そうなら言えよ。直ぐに助けるからな!」

 そう言って、ルナとシェルフィアはわたしから遠ざかった。

「馬鹿にするのも大概にして下さいよ! 僕は『死の司官』、天翼獣如きが僕の相手をするなんて。リバレス君、君を倒した後に人間界もろとも全員を滅ぼしてあげますよ!」

「人間界は滅びない。滅びるのは寧(むし)ろ『天界』の方よー!」

 わたしの言葉を無視し、ノレッジが杖に力を込める。空気がピンッと張り詰め、無音が空間を支配した。さて何が来るの?

「高等神術『拘束』!」

「いきなりそれは卑怯なんじゃないのー? これで消えちゃえ。高等神術『光刃』!」

 拘束と光刃の衝突、硝子が砕けるような音と共に両方の神術が消えた。

「天翼獣が高等神術を使うなんて、聞いた事がありませんよ! まぁ、それで丁度いい。僕の相手をするのですから!」

 そりゃそうね。わたしは普通の天翼獣じゃ無い。お父さんは天翼獣の最高峰、「聖獣(せいじゅう)」なのだから。わたしの為に死んでしまったけれど。

「今度はこっちの番よ、『滅炎』!」

「くっ、『氷壁』!」

 わたしが出した直径三m程の火球は、ノレッジの氷壁に当たって消えた。

「ははは、その程度ですか!」

「あんまり油断しない方が身の為よー!」

 わたしは全速力で飛び回り、同時に八つの火球を放った。これで氷壁では防げない!

「うっ、うわぁぁ!」

 炎がノレッジに炸裂する。倒した?

「今のは危なかったですよ……。本気を出さないと駄目そうですね!」

 くっ、究極神術「光膜」で体を覆っている。これは高等神術では破れない。試しに「拘束」を複数放つが、全て掻き消された。どうしよう?

「動きを止めたいのならば、これぐらいじゃないと!」

 ノレッジが杖を高く掲げる。ルナが「逃げろ!」と転送で伝えてくる。何?

「究極神術、『不動』!」

「キャアァ!」

 何て神術なの! これは、ジュディアがルナを封じたものと同じ。全く動けない! わたしは飛ぶ事も出来ず、床に落ちた。

「さぁ終わりです。ルナリート君、早く来ないと大切な『愛玩動物』が死にますよ!」

 酷い扱いね……。その言葉、後悔させてやるわ。

「(ルナー、聞こえる? わたしはまだ大丈夫。唯、一つお願いがあるの)」

 わたしはルナに意識を転送した。ノレッジを倒す為の秘策を思い付いたからだ。

「(ああ、何でも言ってくれ!)」

「(『あれ』の術式を教えて欲しいのー)」

 そう、「あれ」はあの神術だ。禁断の……

「何をしているんです? 君が来ないのなら、『魂砕断』でこいつの魂ごと砕きますよ!」

 ルナは躊躇ったが、やがて言葉を伝えてくれた。

「(ruinだ!)」

「(ありがとー!)禁断神術、『滅』!」

「えっ……! 何だ?」

 わたしの全身の力と、精神力が思いっ切り削られ、何とか神術は発動した。わたしの倍程の大きさだが、油断していたノレッジに直撃する! 光膜と杖を消し去り、彼の力を全て奪った上で「滅」は消えた。

「そんな……、馬鹿な」

 ノレッジがその場に崩れ落ちるのを確認し、わたしも意識を失った。やっぱり、エファロードだけが使える神術を使うのには、無理があったみたいね……

 次に目覚めた時、わたしはルナの胸ポケットの中に居た。どうやら、また上層に向かっているみたいだ。わたしはルナに、戦いの後の話を聞いた。

 ノレッジは倒れてから直ぐに意識を取り戻し、ルナにこんな事を言ったらしい。

「僕の完敗です。でも今は、妙にスッキリした気分です。僕が……、間違ってましたね。僕は君が羨ましくて、追いかけて、それでも届かずに悔しかった。君を尊敬していたのに、段々それが憎しみに変わっていったんです。

 子供の頃から君と一緒で、劣等感を抱いていました。それで、君が居なくなって僕は優越感に浸りました。でも僕は虚しかった。何故でしょうね? 僕は今解ったんです。僕は、君に認めて欲しかったのだと。僕は最低です……。セルファス君と君が夜中に競った時も、天界での裁判の時も僕は逃げ出してばかりだった。君達は、僕にとっての大切な大切な友達だったのに!」

 その後彼は、わたしを回復させる為に、「高濃縮されたESG」をルナに渡した。今わたしがこうして元気なのは、ノレッジのお陰だと言っても良い。

 ルナはノレッジを許し、この戦いが終わればまた友達になる事を約束した。ノレッジはずっと泣いて謝っていたらしい。わたしも、彼を許す事にした。

 この後にはジュディア、そして天界と衝突するだろう。其処でルナが選ぶ未来は、わたしにはよく解る。

 生まれてから「最後の刻」まで、わたしは彼の傍に居るのだから。

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第二十一節