第二節 蝋書(ろうしょ)

 ルナとリバレスは、「転送」でフィグリル神殿の屋上に戻った。街の風景は二百年前と比較して随分変わっている。街の色が白亜な事と、神殿の外観以外は全て変わっていると言って良い。街は大きくなり、家屋が増えた。しかも、どれもが三階以上の高層建築で、人口増加が夥(おびただ)しいのが解る。また、街は高さ十m程の厚い外壁に囲われ、百m毎に見張り台まで付いている。街の中央には民家とは桁違いの巨大な城がある。

「うわー……、随分変わっちゃったのねー!」

 リバレスが目を丸くして声を上げた。無理も無い。私も正直驚いている。

「まるで、戦時中だな」

 見張り台には白い服を着た兵士、街の交差点にも「筒状の武器らしきもの」を持った兵が目を光らせている。一体、人間界に何が起きたと言うのだろう?

「あっ!」

 屋上を飛び回っていた彼女が、突然私の足元を指差す。これは……

「手紙か。兄さんからだ!」

 彼は、私達が此処に戻って来る事を予期していたのだろう。蝋で封がされたこの手紙は、神術で保護されているが、長い年月を経ている為、変色している。私は急いで開封した。

「最愛の弟ルナへ

 まずこの手紙を書いたのは、お前が眠ってから百八十年後に書いたものだ。この手紙を此処に残したのには理由がある。それは、この手紙が無いとお前は俺に会えないからだ。

 現在、人間界は魔に脅かされるだけで無く、人間同士の争いも勃発(ぼっぱつ)し混沌としている。しかし俺一人の力では、全ての平和的解決は出来ないのが実状だ。

 もう直ぐ、恐ろしい『計画』が実行されるというのに!

 これを見たら、急いで城まで来て欲しい。だが、城は兵で固めているから部外者は誰も入れない。城の上空にも俺の結界が張られている。だから、お前が来れるように地下水路を作った。詳しくは地図を見てくれ。話す事が山程ある。一刻も早くお前の力が必要だ!

 兄であるハルメスより」

 読み終えた瞬間、私は手紙を握り締めて神殿から飛び降りた。急がなければ!

「ルナ! もう、待ってよー!」

 私に追い付き、リバレスは指輪に変化する。高さ二十m程の屋上から飛び降り、尋常では無い速度で走る私は、人間からは異常に見えたのだろう。沢山の兵が追って来る。

「止まれ! 止まらなければ撃つぞ!」

 私は兵を無視し、地図通りに走る。水路は城に続くこの坂を登った先のようだ。だが、坂の上には十数名の兵が居た。後ろには三十名程。一様に筒状の武器を私に向けている。

「私は、『ハルメス兄さん』の弟だ。邪魔をしないでくれ!」

 白い戦闘服を着た兵が私を取り囲む。私の言う事など聞いてはいないようだ。

「ドンッ! ドンドンッ……!」

 突如、兵の筒が一斉に火を噴いた。筒の先端から、金属の破片が飛んで来る。

「キンキンッ……!」

 咄嗟に私は剣を抜き、破片を叩き落とした。しかし幾つかは私に命中し、皮膚を軽く抓(つま)まれた程度の痛みを覚える。兵は一瞬呆気(あっけ)に取られていたが、再び筒を私に向けた。

「私は敵じゃない。止めるんだ!」

 私は、全ての兵を「衝撃」の神術で弾き飛ばした。誰も立ち上がれないようだ。

「(ルナー、やりすぎよ!)」

「(あれでも、限界まで力を抑えたんだ! 制御されない力と言うのも問題だな……)」

 その後、私達は地図通りに進み水路の入り口に辿り着いた。途中、城の外堀を潜る必要があったのには驚かされた。入り口の神術で作られた封印を、私が解除する。

 地下水路は、地上からの光が殆ど射さず、膝の上ぐらいまで水が流れている。水路の幅、高さ共に二mと言った所だろうか。外敵の侵入防止の為か、道は入り組んでいる。

「水が冷たいな」

「うん、寒いわー。それにしても、この通路は暗いわね、えいっ!」

 元の姿に戻ったリバレスが、「結界」に「焦熱」を封じ込めた球状の光源を作り出す。

「器用だな。これで、迷わずに済みそうだ」

 暫く歩くと、水路が途切れて大理石の床に変わった。突き当たりにある扉の隙間から、僅かに光が漏れている。私は躊躇う事無く扉に手を掛けた。

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