第十九節 霹靂(へきれき)

 真っ白な大理石の壁、上層に続く螺旋階段の手摺はオリハルコンで出来ている。天井から吊り下げられた、神術で灯っている燭台も白い光を放っているので、影になっている部分を除いて目に飛び込んでくるのは、殆ど白である。

「久し振りだな」

 一階の中央に佇(たたず)む一人の男が声を上げた。金の髪、筋肉質の体、そして白い翼。

「セルファス!」

 彼は私を、強い意志を込めた瞳で見据えている。談笑しに来た訳では無いだろう。

「ルナ、お前は変わってしまった。俺が誰より尊敬する存在でライバルだったのに……。そしてお前はエファロードという立場でありながら、天界の為すべき責務を阻害しようとしている。俺は力の司官として、かつての友として、お前の愚行を見逃す訳にはいかない!」

 彼は私から視線を逸らす事無く、司官のみに使用が許された「聖剣」を構える。私達の到来は予見されていたらしい。それより、まさか塔を上り始める前に「かつての友」と剣を交えなければならないとは……

「私は自分の信じる道を進む。お前も知っているだろう? 人間が生まれた意味を。生命の尊厳を踏み躙(にじ)る天界の計画を、私は断じて許さない! お前が私を阻(はば)むのならば、戦おう。例え、互いに友としての心が残っているとしても!」

 私は剣を抜き、エファロード第三段階まで力を解放した。私とセルファスの力が衝突し、フロアに暴風が巻き起こる。

「初めから人間の辿る道は決まっていた。神の計画は絶対だからな。天界に災いを齎すお前は、俺が倒す! 覚悟しろ」

 奴とは一対一で戦わねばならない。言葉で解り合えぬなら、剣で語るのみ。

「シェルフィア、リバレス! 離れていろ、私一人で戦う」

 私の声でリバレスは即座に退避し、シェルフィアも束の間の逡巡の後、私から離れた。

「行くぞ!」

 次の瞬間には、剣同士が衝突し「ガキンッ」と重い音が響いていた。セルファス、随分と成長したな。第三段階の私の剣を止めるとは。私達は交互に剣を振り、攻守が目まぐるしく入れ替わる。剣術は互角のようだ。だが、お前には力が足りない!

「その程度では、私には勝てないぞ!」

 私は剣でガードするセルファスを、力を込めた一撃で吹き飛ばした。奴は壁に激突し床に倒れる。どうした、もう諦めるのか?

「流石だな……。やっぱ、ルナは強いぜ!」

 立ち上がりながら見せた、嬉しさが滲んだ不敵な笑み。やはりこいつは、友情を失ってはいない。私も一瞬口元が綻(ほころ)んだが、即座にしっかりと剣を構える。

「小細工は無しだ、全力で行くぜ!」

 あれで本気じゃ無かったのか、恐ろしい成長だ。セルファスは剣を天井に向かって突き上げて剣に、否、自分自身に雷を纏わせた。これは究極神術「雷光」! だが自分を電撃で包めば、無事では済まない。一体何を?

「行くぜぇ!」

「うあぁ!」

 雷光を纏ったセルファスが突進して来たので、咄嗟(とっさ)に剣は避けたが雷光が私の右腕に直撃した。皮膚が爛(ただ)れる程では無いが、広範囲を火傷している。

「はぁ、はぁ……、思い知ったか!」

 セルファスは雷光を解除した後、剣を肩に乗せゆっくりと歩み寄って来る。全身の火傷を気に留める様子も無く。何と言う覚悟、死に瀕しても尚私と戦うのか?

「セルファス、お前の決意はよく解った。お前が命を懸けている以上、私も全力を出す!」

 私は剣を腰の鞘に収め、右手を奴に向ける。やがて右手前方の空間が萎縮(いしゅく)して消滅する。直径一m程の禁断神術「滅」だ。戦意喪失させる為に、私は滅を低速で奴に放った。

「これが、ジュディアを傷付けた術……。確かにこれじゃ、どうしようもねぇな!」

 ジュディアに聞いたのか。ならば、この術の威力は存分に知っている筈。

「うおぉ……!」

 セルファスは避けない。それどころか、滅に向かって疾走する!

「止めろ、死ぬぞ!」

「敵に情けかよ? 相変わらずお前は甘いな。それに俺は、こんな術で死なねぇ!」

 聖剣を床に投げ捨て両手で滅を押さえる。絶対に無理だ、呑まれて死ぬ!

「解ったから止めるんだ!」

「ぐっ、うがぁ……!」

 苦しむセルファスを見て私は走った。一旦発動した滅は消せないが、セルファスを引き離す事は出来る。私が彼に手を掛けようとした瞬間、「パァァ……ン」と空気を入れた袋が破れるような音が響き、滅が消えた。セルファスは……、生きている!

「やったぜ……。俺の勝ちだ」

 彼は目を閉じて、その場に倒れ込む。私は、彼が地に伏す前に両腕で支えた。

「セルファス、お前は……」

「……ジュディアがお前の恋人を殺した時、俺がその場に居たら、お前の術を、あいつの代わりに受けてやれたかも知れないって思ってたんだ。あいつは、本当に酷い事をしたな。許せないだろうが、俺が謝る。……済まない」

 セルファスは呼吸すら辛そうだ。奴の左手の指輪が煌く。そうか……

「お前達は結婚したんだな。だがお前が謝っても、私がジュディアを憎む心は消えない。もし私がジュディアを殺せば、お前は私を憎むだろう? ジュディアは、それ以上の事をフィーネにしたんだ。幸い彼女は戻って来て此処に居る。しかしこれから先、私が進む道で、彼女を傷付ける者、私の道を阻む者が居るなら、相手が誰であろうと倒す。お前が心からジュディアを愛するのならば、私達の前にあの女の姿を晒(さら)すんじゃない」

「確かに、ジュディアを殺されれば俺はお前を憎む。しかしあいつは神術と命の司官。お前達から逃げる事は出来ないんだ。……だから頼む、あいつを殺すのだけは止めてくれ。どうしても殺すと言うなら、俺を殺せ。俺にはその覚悟がある」

 セルファスはそう言うと、聖剣を自分の胸に当てた。何の躊躇いも感じさせない目。

「ルナさんっ、私はあなたの隣に居ます。だから、あの人を殺す必要なんてありません! 許せとまでは言わないけれど、私達と同じ悲しみを増やすのは……、苦しいです」

 何もかも見透かしたような、澄んだ瞳。全ての真理が其処にあるような気さえする。

「……解ったよ、君がそう言うならな。セルファス、私達は天界へ向かう。異論はあるか?」

「ルナ……、そしてシェルフィアさん、ありがとう。そして改めて済まない! ルナ、俺は動けないし行くんなら行けよ。お前が考えてる事なんだ、何か世界が変わるような重大な事なんだろ?」

「ああ、変えてみせる。今は、お前を友とは呼ばない。だが私が世界を変えられたら……、もう一度友に戻ろう」

「うおぉ……、ルナ! お前って奴は」

 フロアに響き渡る程の男泣き。こいつとは心の根底で結び付いている、そう思えてならない。私はシェルフィアとリバレスを促し、階段を上り始めた。

「やっぱり、セルファスはセルファスねー」

 先を飛ぶリバレスが笑う。私は苦笑を浮かべて頷いた。

 その後私は翼を開き、シェルフィアを抱えながら上層を目指した。十五時間程で塔の千階に着く。流石に全員疲労していたので、其処で食事を摂り仮眠する事にした。

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第二十節