第二節 抹滅
ルナとリバレスは冥界の塔に入った。彼等が居るのは塔の屋上である。塔は直径が四十mの円形で、各階層の高さは十mだ。壁は黒一色の花崗岩(かこうがん)で、表面保護の為魔術が施されている。また、螺旋階段脇の手摺は「黒オリハルコン」で作られている。彫刻物と壁の窪みに設置された燭台の明かり以外は、塔の内部は黒で統一されている。迫り来るような黒、それは見る者の感覚を狂わせる。時間の感覚を奪い、閉塞感(へいそくかん)を与えるのだ。
宇宙の星々、大地、海、そしてS.U.N。それらを象った彫刻は、見る者に悠久の時の流れを感じさせる。実際にこの塔は、建造されてから二十億年が経過していた。
「ルナー、あれは?」
リバレスがフロアの中央を指差す。其処には真っ白な球体の彫像があり、黒オリハルコンのプレートが埋め込まれている。
「これは……、輝水晶の遺跡よりも古い文字だ。私には読めない」
どんな辞書にも載っていない文字だ。しかし暫く眺めていると、何故か意味が理解出来た。これもエファロードの力だと言うのか?
「此処は、封印されし塔の三千階。獄界の者は、中界に通じる扉を決して開けるべからず」
「読めるじゃないのよー!」
リバレスが私の頬を引っ張る。仕方無いじゃないか。それよりこの文章の意味……。まず、中界(人間界)に続く扉は既に開かれている。この塔の内部から察するに、此処は獄王により管理されていた筈。ならば、この扉は獄王が開いたのだろう。何の為に? 中界を侵略した人間を滅ぼす為に。そして、私達は三千階層もの高さを下りなければならない。
私達がプレートを離れ、階段へ向かおうとしたその時だった。
「貴様は……、ルナリート! 探す手間が省けたようだな」
魔が階段を上ってこちらに向かって来たのだ。魔から強大な力を感じる!
「リバレス、指輪に変化して私をサポートしろ! そのままの姿でいると殺される」
「解ったー!」
リバレスが指輪になると同時に私は剣を抜く。その時には、魔が剣の間合いギリギリまで迫って来ていた。
「俺様の名はイレイザー。シェイドと同じ司令官だが、俺様の方が奴より上だ!」
体長は二mで漆黒の体。形状は、天使と同様だ。翼も持っている。一番の特徴は、奴が持つ得物(えもの)。柄の部分が三m、刃の部分が二mもある大鎌だ。
イレイザーが不敵な笑みを浮かべた瞬間、鎌が振り下ろされた! 私はバックステップで躱(かわ)す。だが、完全には避けきれず頬を切られた。鎌が床に突き刺さっているので、私はすかさず間合いを詰めて剣を振る! だが奴は一瞬早く鎌を抜き、柄で私の剣を防いだ。
「ガキンッ……!」
剣と大鎌がぶつかる。何て力だ! 腕が痺れる。武器での戦いは不利だ。力とリーチが違い過ぎる。
「高等神術、『滅炎』!」
私は巨大な火球を十個作り、全てを同時に放った!
「甘いわぁ!」
だがイレイザーは全ての火球を鎌で掻き消し、猛スピードで向かって来る。
「引き裂かれるがいい!」
再び私に鎌が振り下ろされた。今度はそれをサイドステップで避けた。鎌が再び、床に突き刺さっている。剣で攻撃すれば、さっきのように防がれるだろう。ならば!
鎌を抜いたイレイザーが、柄で私の胸を強打する。私の体は宙を舞う。「ミシミシッ」という骨の軋(きし)む音が聞こえる。……だが、これで終わりだ。
「究極神術『神光』!」
目を開けられない程の閃光が、至近距離でイレイザーに炸裂(さくれつ)する! 私は精神を集中し、神術の発動準備をしていたのだ。
「ギャァァ……!」
痛烈な叫びがフロア中に谺する。これで、少なくとも奴は立ち上がれないだろう。
「(勝ったのねー?)」
「(ああ)」
光が消えていく。其処には、イレイザーが倒れて……、いない!
「貴様は此処で死ぬ。しぬ、シヌノダぁぁ!」
左半身が消失して尚、右手だけで大鎌を振り下ろす!
「クッ!」
剣でのガードが間に合わない! 「ズシャッ!」という音がして、鎌が私の胸に当たった。重傷かも知れない。
「(保護を使ってるわよー!)」
助かった……。リバレスのお陰で、掠り傷で済んだ。今度はこっちの番だ! 私が剣を構えた途端、イレイザーはその場に崩れ落ちた。絶命している。
「死ぬまで戦いを止めない……、か。恐ろしいな」
まだ塔の屋上だと言うのに、こんな強敵に出くわすとは。先が思いやられる。
「ルナー、此処で止まってる場合じゃないわよ!」
リバレスの言う通りだ。時間が惜しい。私はリバレスを肩に乗せて駆け出した。
ルナは五十時間連続で走り、塔の二千階に辿り着いた。途中数百体の魔に遭遇したが、いずれも低級から上級魔だった為、苦戦はしなかった。フロアの中央に彫像がある。三千階と同様球体の彫像だが、真っ白では無く三分の一が黒い。
「……此処は塔の二千階。天界の者は下ってはならない。闇は光の力を奪う」
どういう意味だ? 確かに塔を下降するにつれて息苦しくなってはいるが。否、息苦しいだけじゃない。明らかに体が疲弊(ひへい)している。
「はぁ、はぁ……。行くぞ、リバレス」
休憩無しに、魔と戦いながらの二日間。流石に辛い……。だが一刻も早く進まなければ。
「ルナ、休みましょー。足がもつれてるじゃない」
「でもフィーネが!」
気力だけでそう声を上げた。だが私の体は確実に眠りを欲している。リバレスは、戦闘時以外は眠っていた。だから今は彼女の方が元気だ。
「ダメ! そんな状態で強い魔に会ったら殺される。だから、このフロアの階段を結界で塞いで休みましょー!」
私はリバレスの言う通り、階段に結界を張りフロアに横になった。
「リバレス、済まない。三時間だけ寝るから起こしてくれよ……」
そう言うなり、私は眠りに落ちる。フィーネ……、ごめん。少し休ませて欲しい。