第三章 獄界

第一節 深淵

 宮殿、其処は獄界の中枢である。獄界は直径が千五百kmの円構造で、中心に向かえば向かう程、魔の力は強大になる。円の中心にある宮殿には、「司令官」以上の魔が居る。第一階層には「司令官」、第二階層には獄王の「側近」が住まう。そして今、第三階層の扉が開かれた。一人の女の魔によって。彼女は、司令官より一段下の「指揮官」である。

「フィアレス様、報告致します。ルナリート・ジ・エファロードが冥界の塔に現れた模様です。偵察兵の連絡によると、塔を下降し始めたとの事」

 女は感情を押し殺した声で報告をした。魔にしては色の薄い肌の女で、髪は黒。短めの髪はようやく耳が隠れるぐらいだ。

「ふーん、そうか。それなら僕が人間界に出向く必要は無いんだね。早く来ないかなぁ」

 嬉しそうに笑う少年。シルバーの十字架があしらわれたシャツ、レザーパンツ、グローブ、そしてブーツまでが黒で統一されている。だが彼の姿は天使と殆ど変わらない。漆黒の翼が背中にある以外は。だが鋭さと厳格さ、気品に満ちた顔。そして黒味がかった銀髪と真紅の瞳を見ると、只者で無い事は明らかである。

 彼が、何も無い空間から「黒の剣」を取り出す。禍々しい力を秘めた剣。

「ルナリート、僕の剣の錆(さび)にしてあげる。でも僕の所までも辿り着けないようじゃ、『彼女』の魂は壊すしかないから、精々頑張ってね」

 彼は笑う、幼い顔で。だがその笑いには一分の隙も無い。そして彼はルナリートが着くまでの間、いつもの通り「修練場」に向かう。彼は千五百歳になってから今日までの二十六年間で、約四千名の魔を腕試しに倒して来た。その中には、側近や司令官も含まれる。

 王子フィアレス。獄王の息子である彼は、父の力を確実に受け継いでいる。

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第二節