第二十四節 星奔(せいほん)
ルナがリバレスを肩に乗せ、霽月(せいげつ)と耀星(ようせい)の光を受けながら北東へ走る。塔までは三十km、彼の速度なら一時間もかからない。
直線状の焼け跡を越え、森を真っ直ぐに突っ切る。やがて、人間界に似つかわしく無い、大理石とオリハルコンで出来た塔が見えた。高さは百m、直径は五十m程ある。
「何よ、あれ!」
リバレスが、塔の下を指差す。その先には夥(おびただ)しい魔。
「塔の中に居る主を守ってるみたいだな」
「どうするのー?」
「強行突破だ! 奴等は恐らく低級魔。一気に片付ける!」
ルナは走りながら精神を集中する。神術を発動させる為だ。魔までの距離は、百mを切った。魔がルナに気付く。恐ろしい形相。
「グォォ、死ネェェ!」
「ルナ、危ない!」
魔の爪や牙が、手を伸ばせば届きそうな所まで迫っている。
「行くぞ、高等神術『雷光(らいこう)召喚(しょうかん)』!」
視界が光に奪われた後、電撃が魔の体を貫いた! 大半は仕留めた筈。
「リバレス、入り口へ急ぐぞ!」
私達は魔の屍を乗り越え、塔の中に転がり込む。入り口のオリハルコンの扉は、内側に向けて捻じ曲げられていた。凄まじい力だ。
「コロスコロス殺スゥゥ……!」
生き残った魔が追って来る。全て相手にしていたらキリが無いな。
「リバレス、結界だ!」
その意味を即座に理解したリバレスが、入り口に向かって精神力を集中する。
「中級神術『結界』!」
私とリバレスの「結界」が、塔の入り口に張られる。結界は、魔を通さない。低級魔なら、触れただけで消滅するだろう。上級魔以上には効果は無いだろうが。
「これで暫くは大丈夫だな」
結界に体当たりして絶命する魔の声を背後に聞きながら、私とリバレスは歩を進める。
「そうねー。それにしても、華美(かび)な塔」
彼女の言う通りだ。荘厳な柱、壁に整然と並ぶ神術で灯された燭台。一階層の高さは十m程で、天井には水晶で作られた飾りが吊るされている。上層へ続く、内壁に沿った螺旋(らせん)階段には、真紅の絨毯(じゅうたん)という絢爛(けんらん)さ。しかも、この建築様式は百万年前のものだ。その間、此処は完璧な形のまま維持され続けて来たのだ。
「この塔は、禁断兵器の為だけに作られたにしては不自然だな」
何か別の思惑があったのかも知れない。だが今すべき事は、塔を上り兵器を捜す事だ。
「なかなかやるじゃないか、堕天使ルナリート!」
突如、背後で不気味な声が響く! 私は剣を抜きながら振り返った。
「お前が街を破壊したのか?」
一見、女に見える魔。ルトネックの魔に似て、漆黒の体に漆黒の翼。そして、漆黒の長い髪。「チリチリ」と殺気を感じる。強い!
「私が破壊? お前はもっと、賢い奴だと思っていたけどねぇ。私如きの力で、この塔の封印を破れたと思うのかい? 天界の技術の結晶、オリハルコンで出来た封印を」
「お前より強力な魔が封印を破り、兵器を使った。その魔は、塔の上に居るという事か」
「ご名答。正解した所で、お前は『この塔の秘密』も知らぬまま、私に此処で殺されるんだけどね!」
魔の体が、筋肉で膨らみ、牙と爪が伸びる! まるで、全身が黒い鋼鉄の刃だ。
「ルナ! 相手は強いけど大丈夫なの?」
「大丈夫じゃ無くても、負ける訳にはいかないだろ!」
リバレスが背中にしがみ付く。こいつは、間違い無くルトネックの魔よりも格上だろう。だが、不思議と恐怖は無い。フィーネに戻ると約束したから!
「お前が、『エファロード』の力を使う前に殺してヤルゥゥ……!」
大地を轟(とどろ)かせるような低い声。重そうな体の割に、速い!
「喰らえ!」
しっかりと腰を落とし、敵に向けて剣を振り抜く。「ガキンッ!」、直撃した!
「効かぬワァァ!」
その瞬間、強靭な腕の一撃が私の腹部を捉える!
「うっ!」
腹から空気が押し出され、私は壁まで弾き飛ばされた。壁に激突した瞬間、「ボキッ!」と肋骨が数本折れる嫌な音が響いた。
「死ネェェ」
魔が、倒れた私まで間合いを詰め、私を蹴り上げる。
肺から、「ヒュッ」という音が漏れ、私の体は天井に激突し、床に墜落した。
「うぅ……」
私の体は、もう動かせそうに無い……。呼吸するのにも、痛みを感じる。
「ルナー!」
リバレスが、ルナの元まで全力で近付く。だが、それを魔が見逃す筈も無い。
「天翼獣如きが邪魔をするナァァ!」
リバレスに、魔の爪が炸裂する。
「キャアァー……!」
床に落ちるリバレス。魔は、彼女を踏み付けた。彼女の叫びが段々、弱々しくなる。
「リ……、リバレス! お前を死なせたりはしない」
ルナは、剣を支えに立ち上がった。髪が、根元から銀色に変色して行く。同時に骨折と傷が修復した。
「お前の相手は、私だ!」
「エファロード!」
一歩後退る魔。だが態勢を立て直し、口を開き笑う。
「アハハハ……! それが第一段階か。笑わせるねぇ」
「何が可笑しい? お前が私に勝てない事がか」
「確かに、その力があれば『今の』私を殺す事は出来るだろうねぇ。でも、私の『主』は絶対に倒せない。しかも、お前の力は不安定。面白くて仕方無いねぇ」
この力でさえ勝てないだと? 戯言を。否、まさか?
「私は、主の『一部』に過ぎない。お前を偵察に来ただけさ。上で待ってるわぁ」
魔が霧のように消えた……。一体? それよりも!
「リバレス!」
私は、倒れたリバレスを手に乗せ、目一杯「治癒」の神術を施した。傷が見る見る治る。
「うーん……、ルナ?」
お前が居なければ、私は殺されていた。私は彼女の頭を指先で撫でる。
「大丈夫か?」
「お陰様で。あれっ、ルナ、髪が銀色になってるわよー!」
リバレスが、小さな指を私の髪に向ける。元気になってくれて良かった。
「ああ、これで三度目だな。一体私は何者なんだろう?」
彼女の元気そうな顔を見て、緊張が解ける。すると、髪の色は元に戻った。途端に体の力が抜けて、ふらつく。
「ルナー!」
「大丈夫だ。『力』の反動だろう……」
私は、深呼吸した後、リバレスを肩に乗せて螺旋階段を上がって行く。