第二十三節 閃光

 ルナとフィーネは、港沿いのレストランに入った。内装も外装も赤煉瓦で、店内には硝子製のランプが吊るされている。ランプの明かりは、店内を暖色に染める。

 時刻は午後七時半。二人は向かい合わせの席に座り、コース料理を頼んだ。オードブルとポタージュスープは既に食べ終え、眼前の凝った魚料理を食べ始める所だ。

「わぁ、美味しそうですね!」

「本当だな。それより、今日は楽しかったよ。ありがとう、フィーネ」

 そう、生まれてから今までの中で一番。楽しくて幸せだった。

「こちらこそ、ありがとうございます! 私、今日の事は絶対忘れません。大切な大切な思い出です」

 彼女は、胸元のリボンを「キュッ」と掴む。顔は仄かに赤い。

「私も忘れたりしない、ずっと。さぁ、料理はまだまだある。食べよう」

 フィーネがニッコリ頷く。やはり彼女は笑っている顔が一番可愛らしい。

「あ、これ美味しい……」

「確かに美味いな。まぁ、フィーネの料理には及ばないけどな」

 私は、どんな料理よりも、フィーネが心を込めて作ってくれた料理の方が好きだ。

「えぇっ! 私の料理如きじゃ、此処の料理には及ばないですよぉ」

 思いっ切り首を振る彼女。私は正直に言っただけなんだが。

 料理を食べ進めてデザートが出て来た頃、私は「ある話」をふと思い出した。今日、露店の男から聞いた話だ。「リウォルの街の北東三十kmには『リウォルタワー』と言う古代の塔があり、其処には魔物が屯(たむろ)している」らしい。

 だが、何故今それを思い出したのだ? この店は南向きに立っていて、私は北向きに座っている。そうだ、右前方に「違和感」を感じたのだ。右前方は北東。「チリチリ」と身が焼かれるような感覚が襲って来る。

「不味いな……」

「え? 美味しいですよ」

 説明している暇は無い!

「この店を出るぞ!」

「えっ!」

 私は椅子から立ち上がり、フィーネの体を抱える!

「(何? この物凄いエネルギーは!)」

 リバレスも気付いたらしい。北東の方角に、膨大なエネルギーが集約されているのを。しかも、そのエネルギーはこちらに放射されようとしている!

 私は店の窓を蹴破り、フィーネを抱えたまま海に飛び込んだ。出来るだけ深く!

「ピカッ……!」

 強烈な閃光が頭上を奔り、数十m下の海底まで真昼のように照らす!

「ドゴォォ……ン!」

 続いて、身を引き千切るような轟音と衝撃に揺さぶられた!

 そして……、訪れた静寂。だがその静寂も、フィーネの金切り声によって破られる。

「キャァー!」

 街の一部が消えていた。幅五十mの直線状に抉られて……。海から上がって確認すると、北東から南西に一直線に消えていた。消失した長さは一kmはある。建物も、人も、森も、大地も例外無く消えた。さっきのレストランは、もうこの場所に存在しない!

「何て事だ……」

「どうして……、どうしてこんな事になるの?」

 座り込み、涙を流しながら焼け土を叩くフィーネ。リバレスもこの事態で元に戻る。

「ルナー、この跡はまさか」

「これは、『S.U.Nブラスター』による攻撃だろう。S.U.Nから降り注ぐエネルギーを蓄え、光線を照射する禁断の兵器だ」

 これだけの威力を持ち、尚且(なおか)つ人間界に存在し得るものは、「S.U.Nブラスター」を除いて有り得ない。人間界には、「贖罪の塔」を始め数々の天界由来の建築物があると聞く。リウォルタワーは、禁断兵器を使う為の建造物と考えて間違い無いだろう。だが、何故?

「S.U.Nブラスターなら、この程度の被害で済まないんじゃないのー? わたしは、一つの街を消すぐらい造作も無いって聞いたけど」

 確かにそうだ。だがこの常軌を逸した焼け跡は、S.U.Nブラスターによるもので間違い無い。ならば、ブラスターの出力が百%では無いと言う事だ。

「魔が使ったと考えれば合点(がてん)がいく。完全には使いこなせないのだろう」

「それで、ルナはどうするのー?」

 彼女の顔に怒りが滲んでいる。当然だ。数百、数千の人間が殺されたのだから。

「決まってるだろ、塔に乗り込む! こんな残虐な攻撃をする者を、私が許せる筈が無い」

「……私も、連れて行って下さい!」

 フィーネが立ち上がった。その目には、強い意志の炎が宿っている。悲しみと、憎しみ、焦燥が滲んだ炎……。だが連れて行く訳にはいかない。

「駄目だ。相手は、封印された禁断兵器を使う程の力と知能を持っている。君を庇いながら戦える相手じゃない!」

「でも!」

「頼む……。此処に居てくれ。此処で、傷付いた人々を助けてやってくれ!」

 私は彼女を鎮める為に抱き締める。瓦礫の下から聞こえてくる呻(うめ)き声を聞き、彼女はゆっくりと頷いた。

「解りました……。決して、無理はしないで下さいね。私は……、ルナさんが」

 その言葉の続きは、今は聞くべきでは無いし言わせたく無い。

「心配は要らない。私は必ず、フィーネの元に戻るから。その言葉の続きはその時に……」

 私は彼女の髪を優しく撫で、北東へと駆け出した。

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第二十四節